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2009年12月

2009年12月21日 (月)

小沢一郎の売国的歴史観

小沢一郎の売国的歴史観(許可を得て四宮政治文化研究所HPより引用)

(引用開始)
メールで、「小沢一郎氏の韓国に於ける講演の極秘動画を入手」という動画が送られてきた。韓国の大学のおける小沢一郎氏の講演である。歴史問題について要旨次のように語っていた。

「江上波夫東大教授の騎馬民族征服王朝説によると、朝鮮から渡ってきた騎馬民族が九州を拠点にしていたが、海岸伝いに東に進み、紀伊半島に上陸、奈良盆地に政権を築いた。これが神武天皇の東征である。大阪にある仁徳天皇と応神天皇の御陵を発掘すれば証明される。しかし宮内庁が許さないので、歴史の謎が解明できない。これ以上言うと私が国に帰れなくなる。私は、これは歴史的事実であろうと思っている。大和朝廷と、百済との交流で通訳を使ったという記録は無い。大和朝廷と百済・新羅とはお互いに人事交流が頻繁に行われていた。私は歴史が好きだが、学術書は難しいから読まない。ノンフィクションが面白いから読んだ」

「騎馬民族説」は学術の世界では否定され、通説にはなっていない。こういう説を持ち出して、韓国に対してリップサービスを行った小沢氏の姿勢は売国的と言われても仕方がない。まして、天皇御陵の発掘を宮内庁が許さないから謎が解明できないなどというのは、皇室の尊厳性を侵害する発言である。歴史というものを正しく理解するには、やはり学術書を読まねばならない。

皇室を冒冒し、わが国の歴史をねじ曲げてまで、韓国にすり寄る小沢一郎氏の国籍を疑いたくなるのは私一人ではあるまい。小沢一郎は、社民・共産以上の反天皇思想・反日思想の持ち主である。こういう政治家が実質的に最大の権力を握っているということは、断じて許せない。
(引用終わり)

上記は四宮正貴氏のご意見です。
私も「騎馬民族説」には賛成できません。古事記・日本書紀には、東征軍が馬に乗って進撃したということも、船で馬を運んだという記録は見当たりません。江上説は物証もなく、今では否定されているのに、韓国民のご機嫌取りのため、殊更にこの話を持ち出す小沢のパフォーマンスに嫌悪感を抱きます。
江上波夫に文化勲章を与えた、当時の日本政府もどうかしています。
                                                                         コメント:宮内瑞生

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2009年12月13日 (日)

「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」集会の模様

「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」集会の模様
  
日時:平成21年12月8日
13時-14時 講演「わが国防論」講師 田母神元空将
14時-15時   同上質疑応答 
                
会場:靖国神社内 靖国会館「田安・玉垣の間」
主催:「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」(以下考える会という)
共催:「主権回復を目指す会」
 
最初に靖国神社に鎮まります250万の英霊に参加者全員が黙祷を捧げた後、講演会が始まりました。

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集会の式次第を説明する「考える会」稲葉・副代表

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挨拶をする「考える会」宮内・代表

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「危険人物といわれるが、私はいい人です」で田母神講演が始まる。

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田母神氏の講演が始まり、真面目な国防論であったが、時々入るギャグに笑いがこぼれる。

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参加者120名の中には若い女性も多く、講師も熱が入る。

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防衛問題にも詳しい女性からの質問も厳しい。

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もう一人の危険人物「主権回復を目指す会」の西村修平氏が締め括りの質問を発する。

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田母神講演会終了後、会員が居残って討論。
    15時より二次会。
        18時より三次会。
  

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2009年12月 3日 (木)

防衛大学生が五百旗頭 真校長に反旗を!!

>「学長!いつまでこんな話をしているんですか、寝ている人、他の本を読んでいる人がいつもいる。本題に入る前に一時間以上、みんな飽きているんです。どう思うのか」

ついに防衛大生も切れたんですね。
しかし、その勇気ある学生を事故扱いとして処分したそうです。

「事故」というのは、普通の学校でいうと「指導」とかいうのですか?
何回か起こすと退校処分になるとか・・・。
その学生が退校処分にされないよう、心から祈ります。

その学生は、堂々と発言したのですよね。
それでも「事故」扱いするなどとは、
「六甲精神(イエズス会系カトリック男子校で五百旗頭氏の出身校)」を防衛大生の教育に応用ですか?
http://www.news.janjan.jp/culture/0812/0812133419/1.php

教員の権限や権力は相当強いものであり、伝統的に体罰を目的とした暴力は容認されていると言ってよい。
指導に従わない生徒が殴る蹴るの暴行を受けるのは日常的な風景である。暴行により生徒の鼓膜が破れた例、髪の毛をつかんで頭ごとサッカーゴールの鉄製ポールに打ちつけられた例、生徒の自殺原因を同じ学年の生徒によるいじめと断定した事実無根の錯誤例、そういう錯誤について説明と訂正を求める学生たちの求めを却下した例、例を挙げればそれこそ枚挙にいとまが無い。

 生徒の内在的な権利の保障は行われず、基本的人権は学校内の校則によって著しく制限を受ける。少数者の意見や表現の自由はまったく尊重されない。真の自由とは、身体の自由に制限を受けようとも心に自由を保持することであるという認識は、同校においては誤りでない。

 教員に重大な人権侵害の意識がまず欠落しているのであるから、当然生徒の基本的人権は守られるはずもなく、民主的な手続きも経ずしてすべてが決定され、半ば公然と人権侵害が行われている。

 信教の自由は保障されてはいるものの、「六甲生」であるとか「六甲精神」といった実質的な内容を実際には十分に伴っていないが、「六甲教」と呼ぶにふさわしい、まさにそれこそが宗教性を帯びていると言わざるを得ない、自画自賛を多分に含んだ一種異様なものを中学入学時から染み込ませていく。

ちなみに、五百旗頭校長は、「六甲教育と防大教育」というテーマで講演をなさっていますね。2007年4月29日、「カトリック学校教育委員会」において。

全く異質な二つの学校での体験を語ることを通して、激動する国際社会における教育のあり方を考えさせる内容であったとありました。

教師と学生は対等ではないけれど、教師が過ちを犯した時に、道理を尽くして指摘する勇気を持つ学生が潰されないよう祈ります。
外国ではよくあることです。

天奉院章姫

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