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2009年12月 3日 (木)

防衛大学生が五百旗頭 真校長に反旗を!!

>「学長!いつまでこんな話をしているんですか、寝ている人、他の本を読んでいる人がいつもいる。本題に入る前に一時間以上、みんな飽きているんです。どう思うのか」

ついに防衛大生も切れたんですね。
しかし、その勇気ある学生を事故扱いとして処分したそうです。

「事故」というのは、普通の学校でいうと「指導」とかいうのですか?
何回か起こすと退校処分になるとか・・・。
その学生が退校処分にされないよう、心から祈ります。

その学生は、堂々と発言したのですよね。
それでも「事故」扱いするなどとは、
「六甲精神(イエズス会系カトリック男子校で五百旗頭氏の出身校)」を防衛大生の教育に応用ですか?
http://www.news.janjan.jp/culture/0812/0812133419/1.php

教員の権限や権力は相当強いものであり、伝統的に体罰を目的とした暴力は容認されていると言ってよい。
指導に従わない生徒が殴る蹴るの暴行を受けるのは日常的な風景である。暴行により生徒の鼓膜が破れた例、髪の毛をつかんで頭ごとサッカーゴールの鉄製ポールに打ちつけられた例、生徒の自殺原因を同じ学年の生徒によるいじめと断定した事実無根の錯誤例、そういう錯誤について説明と訂正を求める学生たちの求めを却下した例、例を挙げればそれこそ枚挙にいとまが無い。

 生徒の内在的な権利の保障は行われず、基本的人権は学校内の校則によって著しく制限を受ける。少数者の意見や表現の自由はまったく尊重されない。真の自由とは、身体の自由に制限を受けようとも心に自由を保持することであるという認識は、同校においては誤りでない。

 教員に重大な人権侵害の意識がまず欠落しているのであるから、当然生徒の基本的人権は守られるはずもなく、民主的な手続きも経ずしてすべてが決定され、半ば公然と人権侵害が行われている。

 信教の自由は保障されてはいるものの、「六甲生」であるとか「六甲精神」といった実質的な内容を実際には十分に伴っていないが、「六甲教」と呼ぶにふさわしい、まさにそれこそが宗教性を帯びていると言わざるを得ない、自画自賛を多分に含んだ一種異様なものを中学入学時から染み込ませていく。

ちなみに、五百旗頭校長は、「六甲教育と防大教育」というテーマで講演をなさっていますね。2007年4月29日、「カトリック学校教育委員会」において。

全く異質な二つの学校での体験を語ることを通して、激動する国際社会における教育のあり方を考えさせる内容であったとありました。

教師と学生は対等ではないけれど、教師が過ちを犯した時に、道理を尽くして指摘する勇気を持つ学生が潰されないよう祈ります。
外国ではよくあることです。

天奉院章姫

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コメント

米陸軍士官学校には、「学生は、嘘つかず、欺かず、盗まない」というオーナーコード(名誉戒律)がりますが、イオキベは全て違反しています。

「主権回復を目指す会」はイオキベに公開質問状をだし、彼は回答すると言いながら3年も回答なし。
嘘つきは泥棒の始まりだ。

同会の代表が、どうして回答がないのか、自宅を尋ねたが、本人は居留守をつかた上、警察を呼んで守ってもらって、出かけていった。彼は善良な国民を欺いたのである。

防大校長として高給を食みながら、都内で講演をしては、小金を稼いでいる。これでは税金泥棒と言われても仕方がない。

投稿: 転生 | 2009年12月 3日 (木) 19時16分

転生さんのコメントに同感です。
昨日、福岡で産経九州・山口の政治部編集委員の野口裕之氏の講演(安全保障)を聞いてきましたので概要についてお知らせいたします。

日本国民は自衛官の名誉を護るべきであると強調した1時間半の熱い講演でした。
最後の質問の中に「五百旗頭防大校長についてどう思うか?」があり、野口記者の回答は次の通りでした。
・ミリタリーアカデミートップに民間人を付けている国は日本だけである。
・将来の国防を担う学生に悪影響を与えている。
・防大校長になる人は聖人君主でなければならないはずが、全く外れている。
・思想的人格的にもおかしい。

この野口記者の考え方こそ、本来の日本の伝統ある益荒男の姿ではないでしょうか?
当然、会場では野口記者に対して喝采でした。
そろそろ、五百旗頭校長には日本の国益を考えてご辞退いただきたいと思います。今の政府には更迭を判断できる御仁はいないでしょうから。

投稿: 因幡の白兎 | 2009年12月 3日 (木) 21時01分

転生さま 因幡の白兎さまのコメントに同感です。
因幡の白兎さまが、野口記者の回答をご紹介されたなかに
>防大校長になる人は聖人君主でなければならないはずが、全く外れている。

とありましたが、それについて思うことがあります。
五百旗頭校長が、

>私は、この度西原正先生の後任として防衛大学校長を命ぜられたました五百旗頭真です。私は、これまで25年間神戸大学教授として「世界の中の日本」、「国際関係の中の日本外交」を研究し、教えて参りました。90分やればよい毎週のゼミを、夕方5時から10時まで5時間やるほど熱心な先生であったと思っています。

とお書きになっていたのを見ました。

http://www.nda.ac.jp/cc/official/kunji20060828.html

確かに普通の国立大学ならば、講義は90分ぐらいだし(これはかなりいい加減。大体の人数がそろったら「そろそろ・・」という感じで始まる。
夕方の五時から十時まで五時間もやるというゼミだったらしいです。国立大学らしいなと。リベラルな雰囲気の中でじっくり一つのテーマに取り組むことで学問を深める良さはあるかもしれません・・・。

しかーし、防衛大学校の一日は、国際関係のゼミに数時間割けるほど暇なはずはないですよね!
私は防衛大学校の生活がわかりませんが・・・。
ラッパで始まり、ラッパで終わるというような、時間きっかりの世界では?と想像しています。時間を一分たりとも無駄には出来ない大変さがあるはずだと。
大学の先生は確かに、友人関係で他の大学に講義に行かれたりということがありますが、防衛大学校の教師はそんなことしたら「精神不在」になってしまうのではと思います。
戦前の陸軍の学校では、大東亜戦争時の牛島満中将(陸軍士官学校長)などが有名だけど、牛島中将にしても(プライベート時間は多少あるにせよ)基本学校業務を第一としていたはず。
自衛隊の各学校だって、防衛大学校卒の幹部が校長を務めているイメージがあり、彼らが私のような一般人の前に姿を現したことはありませんでした(あの田母神空将だって、統合幕僚学校時代は世間に知られていなかったはず・・・)
 なぜ防衛大学校だけ、普通の大学教授が校長につけるのかが分かりません。
 イオキベ氏が退任された後は、幹部自衛官で長く隊員教育に携われた方が就任されることを強く祈ります。

投稿: 章姫 | 2009年12月 5日 (土) 21時02分

ちなみに私が最初にご紹介した「六甲精神」に関する裏付け動画がありますので、ご紹介します。

今年5月30日に開催された「伯友会(六甲中学・高等学校の同窓会)」における、五百旗頭氏より7期先輩である、池永潤・カトリック大阪大司教さまの
スピーチです。
また、この「伯友会」の代表は、五百旗頭真氏だから、この会に出席していた可能性もあるはず・・・。

http://www.youtube.com/watch?v=PZeG276L8e8

司教とは、カトリック教会の大阪教区内で一番偉い神父様かと思います(あまり詳しくないですが・・・)
その人が、自分の教区内にあるカトリック系大学が生徒募集に追い込まれているのに、それに対する祈りの言葉一つなく、「六甲中学・高等学校」が永遠なることばかり繰り返しています。
六甲学院を大切にしようというのはわかるけれど、日本という国が存在しているから、日本の私立学校として認知されているということに気づけていない。

自分たちの世界を自分たちで守ろうという・・・。
しかしカトリック聖職者ならば、自分の組織より大きいものを祈りで守らねばならないはずと思っていましたが・・・。
イオキベ氏は、その大阪大司教区の会で講演もしてますね(防衛大校長に就かれる前に)。

投稿: 章姫 | 2009年12月 6日 (日) 10時12分

医師を養成する学部の長は医師です。ならば将校を養成する
学校の長も制服出身が普通でしょう。
戦後間もない頃の槇イズムの浸透を吉田首相が意図した時代
と今はもう違い済ます

わけのわからない学者(業績も知られてない)が、学校長では学生の士気も上がらないのでは。

防衛大は士官学校たるべし。

投稿: B | 2009年12月22日 (火) 11時10分

本年の12月8日、大東亜戦争開戦記念日。
防衛大学校校長はどこにいたのか?

何と、韓国にいた!
韓日フォーラムに出席していたのです!

http://www.youtube.com/watch?v=_r4y-OK83w4

この日はフォーラム出席よりも、学生・教職員に対し、
先人の思いなどに関して話をする日ではないでしょうか?

他国の士官学校でも、
例え負けた戦争であったにせよ、
その戦争で亡くなられた英霊を思う
訓話を学生にするのが当然と思います。

お願いだから、これ以上『精神不在の防衛大学校』
にしないで頂きたい。
そして、大東亜戦争を「亡国の愚行」と言うような人を校長にしてほしくありません。

防衛大学校の前身にあたる
陸軍士官学校や海軍兵学校の学生は、あるときは命令の下に、あるときは自ら命令を下す立場となり
命のやり取りの現場にいたという事実は変わらないはずです。

そんなに大東亜戦争が「悪」で「亡国の愚行」であったとしても、その悪の中からも何か得るものだってあるはずだと
思いめぐらすことができないのでしょうか?

また、こういう校長の行動をなぜ
防衛省は放置しているのでしょうか?

投稿: 章姫 | 2009年12月28日 (月) 14時08分

同じ12月8日に田母神元空将は、靖国神社で参集した有志を前に、大東亜戦争の意義と国防の重要性を説いていた。
どうやら防衛大校長には田母神氏が適任で、イオキベは早急に追放した方が宜しい。

投稿: 転生 | 2009年12月28日 (月) 16時59分

結論;学校長は制服で!
省も内局という慢性不全の病巣を摘出したほうがいい。
事務官は必須ですか?
援護先の拡充も含め見直すべき

投稿: 結城 | 2009年12月30日 (水) 10時37分

某A大学校のOBだが、シビリアンコントロールの意味を履き違えて学校長を任命していると思う。

そもそも文民統制は政治家が軍隊を指揮することにあり、軍教育の指揮官にまで文民を入れる必要などありもしないのだ。


現学校長の話は長すぎる。
これでは1年生が可哀想過ぎる。
精神的・体力的に限界がきている状態で、
あんだけ眠たい話されたら寝てしまう。

そして、寝たら上級生にシバかれる・・・。


>90分やればよい毎週のゼミを、夕方5時から10時まで5時間やるほど熱心な先生であったと思っています。

防衛大学校生の学業の位置づけとして「知識を涵養する」ということなので、「学士課程修了」に必要な学力があればそれでいいのだ。学者、研究者を育成する学校ではなく、士官を育成する学校であるのだ。


将官クラスの人が学校長になればいいんだよ。
警察だって警察学校の学校長は制服組なんだし。

投稿: | 2011年2月23日 (水) 13時58分

事防衛問題になると、必ず無責任な対応が出てくる。自衛隊は解散させて、新しく正しい国防理念に沿った軍備がひつよう。勿論憲法九条を含めてむは改正の要あり。しかし、九条を守る強力な
勢力が現存しているままでは、困難なみちではある。

投稿: | 2011年2月24日 (木) 11時22分

変わった苗字だと思ったらエヴェンキ族出身者だったんですね
イオキベだかエベンキだかは半島へ叩き返してください
顔を見たら判りますが卑しい血筋の顔の方ですね

投稿: | 2012年4月18日 (水) 23時34分

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