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2010年6月

2010年6月22日 (火)

宇都隆史君の決意表明

宇都隆史を励ます会
・日時:平成22年6月12日
・場所:春日市ふれあい文化センター
・主催者:福岡県宇都隆史後援会

 皆さん、こんばんは!只今紹介いただきました参議員比例区で出馬させていただきます宇都隆史(うとたかし)と申します。参議員比例区は昔は全国区と申しました。今でも全国区と言われる方が多いと思いますが、中でもこういうことを言われる方がいます。「宇都君、残酷区だね。北海道から沖縄まで走り回らなければならないから」と。ただ私はそういうことに対しては「違いますよ。全国区、残酷区、確かに走り回らなければならないのはその通りですが、でもね、比例区でないと味わえないことがあるのですね。全国を走り回りながら色んな方々とお会いできる。私が一緒に汗を流したOBの先輩方、あるいは私と同じ年代の自衛官を預けていただいている父兄会の方、あるいは旧軍経歴を持っておられる偕行会、水交会の方々、色んな方々が各地でお待ちいただいております。論語の中にこういうことが書かれています。友遠方より来る。また楽しからずや。友というのは昔からの友だちを言うのではないのだそうです。一度も会ったことがない、自分の考えに共鳴してくれている、あるいは志を同じくする人間が遥か遠いところから自分を訪ねて来てくれた、こんな楽しいことはないじゃないか。そういう意味だそうです。比例区というのはまさにこれの醍醐味があります。全国各地、どこに行ってもローラが出てきます。そこで集まってくださる人たちは論語で言う真の友です。そういう皆さんと貴重な時間を共有できるということをまず私、嬉しく思いますのでまず御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

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 今からお時間を少し頂きまして私の人となりを紹介させていただき、併せてどのような政治をさせていただくかを少し話さしていただきたいと思います。その前に皆さま方にお願いがあります。私の小さい時から親父の教育といいますか、人様にお話しをする時は高いところから話すことに抵抗がありまして、ここで下に降りて皆様の席でお話しさせてもらってもよろしいでしょうか。(拍手)
この方が皆様の顔も良く見えるだろうということでここで話をさせていただきます。
私はよくこういうことを言われます。「宇都君は昔から政治家を志していたの?いつから政治家を目指したの?」本当はギリギリになるまで自分が政治家を目指そうとは思いもしておりませんでした。私は鹿児島の人間なのですが親戚一同眺め回しても政治家なんかはいないのです。市議会議員、町内会長さんもいないのです。そういう人間がいったいどういう理由で政治をやらなければならないと思ったか、それらの話も含めながら話させていただきたいと思います。

 今日は入り口で資料をお配りさせていただきました。この中に私のプロフィルが入っております。後からお帰りになってからよくご覧下さい。このプロフィルと言いますのは政治家が色々なところに出すのですね。政治家が、公職につく人間がプロフィルに書くといった時には嘘を書いてはいけないのです。行ったこともない大学を書いたり、剣道2段を師匠からもらったとか勝手に書いてはいけないのです。感のいい方が私のプロフィルを見てアレッと思われることがあると思います。大学に入った年と出た年が実は合わないのです。私は防衛大学校というところにいたのですが5年間在学しておりました。それほど私は優秀だったのです。防衛大学校というところは学年差の厳しい学校でありました。4年生はなかでは神様といわれます。3年生は貴族といわれるのですね。2年生はやっと平民扱いです。1年生は奴隷と言われています。本当に1から10まで叩きのめされて口答えなんか許されない。私はその奴隷を2回やりました。根性が付きました。実は私が何故この話をしたかといいますと、ある単位を落として留年したのですが、後から考えるとこのことが私が政治を目指す根幹になったのだなと思います。私は落とした単位は必修単位の大事なものを落としました。それは日本国憲法です。学生400名位入る大きな教室で一人の教授が憲法講義をする訳です。私達の頃は確か慶応大学から来られた先生が講義をされていたと思います。その先生が生徒400名を相手にしてこういう事を話しする訳です。昨日今日まで18歳だった高校生です。「いいか、君達はここで4年間学んで自衛隊の幹部自衛官になる。よって憲法9条に書かれている法解釈と自衛隊の存在意義をきちっと説明できなければいけないぞ。よってこの講義はしっかりと聴いとけ。」と言われました。教授は400名の学生を前にしてこういう質問をしました。「いいか、君達の中で自衛隊が軍隊と思うものは手を上げよ。」8割位の学生が手を上げたでしょうか。そうですね。自衛隊はこの国唯一の武装集団ですから軍隊だと思っているのだと思います。2割位の学生は迷っておりました。即座に教授は答えました。「今、手を上げた諸君、君達は間違っている。私の講義を良く聞いてこういう様に回答しなさい。」教授が言うのはこうなのです。「日本国憲法は戦力の不保持を謳っている。従って自衛隊は軍隊ではないのだ。それでは自衛隊は何なのだ!ということになります。「国際法上、国家を守ると言う自衛権は国家の法律に書いてなくとも自然に認められている。個人を守る自衛権も自然権として認められている。その国を守る自衛権として必要最小限の戦力を持つことが許されている。これは国内法的にも国際法的にも認められることである。よって自衛隊の戦力は自衛権を発動するための必要最小限の戦力ではあるが軍隊ではない。これが正しい憲法の解釈である。」こう言う講義をされました。憲法講義としてはまさにその通りです。そのはずです。ただ私達の中には?マークが付きましたね。案の定、期末試験に全く同じ質問が出ました。「憲法9条についての法解釈と自衛隊の整合性について述べよ。」私は教授の言われたとおり書きました。しかし、最後の一文に「しかし、そんな解釈はまやかしではないかと思う。」と加えました。結果×でした。何故、こんなことを言うのかと申しますと、日本の我が国の安全保障を取り巻く法環境と言うのは18歳の子供が今まで国家を考えたこともない、あるいは安全保障の勉強なんかはしたこともない訳です。そんな子が普通に初めて聞いた時、「そんなのはおかしいではないか。まやかしの何者でもないではないか。」と思うことが当り前ではないでしょうか。そんなことが戦後65年間、まやかしで通して来ている国家なのです。

私は9年2ヶ月航空自衛隊で勤務させていただきました。二つのことを学んだと思います。一つは私は昭和49年に生まれまして今年36歳になる全く持って戦後教育で育ってきた新人類の部類です。同じ年代からすると国家観の全く持っていない人間も沢山いるでしょうが私は防大5年間と自衛隊9年2ヶ月で国を守るという国家というものを教えてもらいました。国を守る重要性、国を愛するということはどういうことなのだろうか。これを教えてもらいました。もう3年前に制服は脱ぎましたが私は自衛隊に入って本当に良かったなと思っております。もう一点私が学んだ重要なことは、それは悲しいことでした。それは戦後65年経っても我が国は独立国家ではないということが自衛隊現場にいると良く判るのですね。国民の皆さんには良く知られていないことです。別に隠していることではないでしょうけれども敢えて誰も言わない。新聞も書かない。国会議員も言わない現実がそこにありました。エピソードとして私が現場にいて経験したことを二つほど話します。

 まず、一つ目ですけれども、私の仕事で紹介しますが・・私は戦闘機乗りではないのですが管制官という仕事をやっていました。民間で管制官と言いますと空港のタワーに登っていて飛行機の離発着を管制する人、いわゆる航空管制官と言います。航空自衛隊ではもう一つ違った管制官がいます。それは要撃管制官です。日本には全国の島とか山の上に28箇所のレーダーサイトというものがあります。この福岡で一番近いところでは佐賀県と福岡県の県境に脊振山というレーダーサイトがあります。

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24時間電波を出しまして日本の上空を飛ぶ鉄の物体の反射波を拾い集めてレーダースコープ上に映し出しています。この空を飛んでいる物体でレーダースコープに映らないものはありません。28箇所のレーダーの情報を日本の4箇所に集めています。青森県の三沢基地、埼玉県の入間基地、ここの福岡県の春日基地、沖縄県の那覇基地です。ここの春日基地は直ぐ傍にありますがそこよりも九大の方に牛頚川を越えたところに目立たない基地がありますがそこが私が勤務していた場所です。地下二階の作戦指揮所です。上から爆弾が落ちても潰れない施設で戦闘作戦ができるところです。ここで何をしているところかと言いますと我が国に不当に近づいてくる航空機に対して戦闘機を上げるボタンを我々が押します。スクランブルです。緊急発進と日本語では言います。緊急発進の飛行機はこの近くではあれば福岡県の築城基地、宮崎県の新田原基地から5分以内に離陸します。その飛行機を誘導管制することが我々の仕事です。この緊急発進は年間平均250件ほどあります。今では中国機の方が5割がたを占めるようになりました。我が国の不当なところと言っても公海の上空なのですが領空に入らせないように対処します。2機で当たるのです。戦闘ではありませんが、戦争ではありませんのでミサイルの数は一杯積んでは上がりません。一機に付きたった2発だけ、非常に飛距離の短いミサイルを自己防御用として積んでいるだけです。10年以上のベテランのパイロットと若手のパイロットがワンセットになって飛んで行きます。リーダー機がその怪しい飛行機の斜め前に付きます。若手のパイロットはこれを制圧するために後ろに付くのですね。リーダー機は通告または警告をします。「このまま、飛行すればあと○○マイルで我が国主権のある領空に入るので機首を曲げなさい!」相手は普通言うことを聞きません。反応すらありません。それでも言うことを聞かない場合は航空自衛隊は何をするか、信号射撃ということをやります。これは警察官が犯人に向かって「止まれ!」と言い、それでも止まらない場合は空に向けて威嚇射撃をやります。それと一緒です。前に出ているリーダー機が不審機の前に向かってバルカン砲を撃ちます。それでも言うことを聞かなかったらどうなるかと言いますと、実は航空自衛隊では何もできないのですね。まっすぐ飛んでくる不審機に対して付いて飛んでくるしかないのですね。10年ほど前でしたか、アメリカの方で今テロとの戦いの引き金になった貿易センタービル、9.11テロというのがございました。あれは軍用機ではなく民間航空機でございます。民間航空機が規定の路線を外れて可笑しいな可笑しいなと思っていたら、それはテロに乗っ取られた飛行機であり貿易センタービルに突っ込んだ訳ですね。世界の軍隊において予想外のことが起こりました。兵器が無くとも民間飛行機だけでもこれだけの殺傷能力があるのだと。これからの戦いは軍と軍の戦いではなくテロとの戦いになるかもしれない。と世界が騒然とし、世界の安全保障の局面が大きく変わった事件だったのですね。それ以降においても航空自衛隊の平時におけるスクランブルの体制は変わっていないのです。今、仮にロシアの方から、あるいは韓国の方から民間航空機が規定の路線からずーと外れて東京まで飛んで来た。皇居まで飛んで来た。あるいはこの福岡の上空まで飛んで来た。航空自衛隊は何もできないのです。もし相手はまっすぐ飛んできて高度を下げて突入体勢に入っても撃墜指令すら出せないのです。撃つことなんかはとてもできません。中には戦闘機クラスが向こうの国から来る時もあります。ミサイルを沢山積んでくる軍用機もあります。勿論実弾です。訓練弾なんかじゃないです。それに対して恐ろしいのですけれどもリーダー機は斜め前に出て行くのです。そういう風に法律解釈がなっていますから。もし仮に何らかの向うの作為かミスでミサイルが発射されてリーダー機が撃墜されてしまった。あるいはミサイルでなくバルカン砲が何かの不具合で発射され被弾してしまった。後から制圧していた僚機が何ができるか。何もできないのです。今の自衛隊の平時における武器の使用基準では武器を携行していて警備をしていても目の前で我が国の同朋が攻撃されていても何も手出しをすることができないのです。自分に対して攻撃された時、自分の身を守るためだけに正当防衛、緊急避難として武器を使用することが許されるのです。こういう現実であります。

 もう一つのエピソードを紹介します。島根県の沖合いに竹島という島が存在します。あの島はもともと我が国の固有の領土です。今でもそうです。朝鮮戦争が終わった後、1952年に韓国の李承晩という指揮官、指導者が李承晩ラインを定めて、竹島は我が国の固有の領土であると主張しはじめてから不法占拠されています。その間ずっと占拠されたまま、自衛隊としての対処は行われていません。領空というのは我が国の領土の外、12海里のところに線を引いた領海があり、その線を空にまっすぐ上げていった上空を領空といいます。我が国の主権の及ぶ範囲です。我が国はどんなことをしても守らなければならない範囲です。竹島は我が国の固有の領土と政府は言っています。我々の地下二階の戦闘指揮所の地図にも竹島がわが国の領土としては入っています。その周りには12マイルの領海の線も入っています。その上が領空です。領空として守りなさいと文書化されている領空です。でも皆さん、竹島の上には何が作られていますか。韓国のヘリポートが作られているのです。韓国の軍隊ではないですが向うの警察航空隊のような部隊のヘリポートです。ヘリポートがあるということはヘリコプターが出入りすることです。我々のレーダーから見ていると日に何回も速度の遅い機影が出入りしています。航空自衛隊は何もしないのです。スクランブルも上げられないのです。何故かというと国と国との諍いになるからです。でもね、我が国の主権の及ぶ領土を守れない国家は国際的には独立国家とは言えないのです。そのことを私は自衛隊にいてまざまざと見せ付けられました。

今までもこういうことを現場で見聞きした中で勇気ある先輩方が意見具申したのです。ことごとくその声は通りませんでした。古くは統幕議長をやっておられた栗栖先輩もそうでした。形は違えども前空幕長の田母神先輩も同じだと思います。私は前空幕長が言ったのは個人的な歴史観を披露しただけではいけないと思っていまして、あの論文の後に行間にあること、本当に田母神空幕長が訴えたかったことは何だったのか、私はこういう風に感じました。戦争はお互い正義はあると。お互い正義があって自分の国がこの正義のために戦えと軍を出した以上、例え戦争に負けたからと言ってあの正義の旗は間違っていたと、歴史を否定されたら、その時に戦った軍人の英霊が何と思うか。或いはそういうことをされるのだとしたら指揮官がどういう気持ちで戦地に赴けという命令を出せるのかと。田母神さんは多分それを言いたかったのだと思います。

近々ではこういう事がありました。福島県のある連隊長です。王城寺原という岩手にある演習場、雪の中の演習場で今から日米訓練を行うという直前の部下隊員に対する訓示です。訓練ですから気を引き締めないと怪我もします。死人も出るかもしれない。指揮官としては隊員を鼓舞するための隊員の気持ちを盛り上げるための一言を投げかけたわけです。こういうようなことを言いました。「いいか諸君、同盟というものは決して外交の美辞麗句やトップ同士の信頼してくれということだけで成り立っているものではない。我々が普段の訓練で汗を流して、『あの時一緒に訓練をやったな』と思えることで成り立っているのだ。だから諸君頑張れよ、今からそのために辛い訓練をやるのだ。」と。こういうことを言ったのです。何処が間違っていますか。まさにとの通りではないですか。それにも拘わらず、その連隊長に対して、「異例の発言である、クーデターにも繋がる危険な思想である」ということで1年間の事実上の更迭をされました。現場のことがなかなか政治に届かないのですね。65年間、この国は安全保障ということに目をつぶってきました。鳩山政権に変わりまして8ヶ月の間、普天間の問題で大きく瞑想を続けました。この普天間の問題は、根本にあることが何も語られなかったと思います。防衛関係者として経験のあるものとしてものすごく憤りを感じました。その語られなかったという本質とは何なのか。それは何のために沖縄に米軍基地が必要なのかということをどこのニュースペーパーも言わなかったのです。メデア、テレビも。たった一言ではないですか。自分達で自分達の国が守れないから居てもらっているのだと誰も言わなかったのです。憲法9条では守れないのですから。攻撃力は持てないのです。攻撃力を持てないのをカバーするためにどうしてもこの国を守りたい、国民の命を守りたいから攻撃力をカバーするために日米同盟を組んでいるのです。正式名称は「日本とアメリカ合衆国における相互協力と同盟条約」この6条によって守ってもらう場合に、一方的に守ってもらう代わりに土地と施設は提供いたしますよと国家で約束をしているのですよ。国と国との約束なのです。それをやれうるさい、米軍出て行けとはなにごとかと。我々はともするとあのヘリコプター部隊を何処かに持っていけないかと考えたわけです。しかしあのヘリコプターは海兵隊を運ぶ手段です。海兵隊は有事の場合は真っ先に戦場に赴き戦況を有利にするための部隊です。朝鮮半島で何かが起こった時、韓国に駐留しているアメリカ人と在韓の日本人を助けるために、即応態勢を取っています。生身の血の通ったアメリカの軍人さんたちはなんの血縁も無い日本人を助けるために国と国が約束したからと言ってそれに基づいて遠い異国の島国に来てまで親から離れて明日命を投げ出してもよいと思って厳しい訓練を積んでいるのですよ。我々は日本として極めて人間として無礼なことをしたのではないかなと思います。まるで迷惑施設、ごみ処理場を何処に持っていくのかという話をしたではないですか。国際社会において日本の信用はがた落ちになりました。決して鳩山首相の話だけでがた落ちしたのではないのです。私達日本人全員が日本の信頼を貶めたのです。数日前ですがアメリカの新聞社調査で次のような記事が載りました。アメリカの有識者に対して「アメリカのパートナーはどの国ですか」と。その結果56%が中華人民共和国であると。日本と答えたのはたったの36%で3位に落ちました。それは経済的なパートナーとか色々な面があるでしょう。一つは自分達は自分達で国を守れない国は何をえらそうなことを言っているのかと。全世界の人が見たのですね。鳩山首相の問題の発言に関しても同じことが言えます。自衛隊の最高指揮官として昨日今日勉強して始めて米軍海兵隊の我が国に対する抑止力があることが判ったと。そんなことは言って欲しくなかった。それは本音です。ただそれを憂える日本人は何人いるのかということを誰も言わなかったのですね。鳩山首相はよく宇宙人とよく言われるのですけれど典型的な戦後に育った日本人だと思います。鳩山首相と大して変わらない国家意識の人が多いのです。私の友達なんか抑止力について話せる人はいません。戦後65年掛けた教育の最大の被害者は鳩山首相ではないかと思います。65年間ですよ。この国の守りということをこの国は国民に教えてこなかったのです。国防の重要性、地域において働いている自衛隊さんたちは国防という目的のためにこういう訓練をしてきているのですよと誰も教えてきていないのですから。子どもたちに聞いて見て下さい。自衛隊は何をするか、あのおじさんたちは何をする人か知っている?と聞いて見て下さい。恐らく川が氾濫した時に土手を埋める人たち位にしか思っていないと思います。宮崎に言ったら牛を殺す人と言われるかも知れません。でも現実はそういうものなのです。だって国家というものを日教組は教えてこなかったではありませんか。日の丸は掲げていない、君が代は歌わせない、ましては愛国心は教えない、国家というものは言うことを聞いていると戦争に駆り立てるような忌々しき組織であって我々の一人ひとりの人権を侵害するものとしか教えてこなかった。ましてや歴史なんかは真実を教えてこなかったではないですか。65年前、我々の祖先、お祖父さんや曾お祖父さんが戦争の是非はともかくとして我々子孫のために命を掛けて戦ったという事実、そしてその前の歴史、美しかった頃の歴史を教えなくて、「戦前は全てが悪であった」と。そんなことを教えたらどんな日本人が育つか。65年間掛けて子供が大人になりました。中には国会議員も出るのです。その中にこの国の最高の指揮官になった人、その最高指揮官が座に着いたときに真っ先に何と言ったか。「日本国は日本人だけのものではない。」といったのです。私達の最大の悲劇ですよ。65年間掛けて信じるもののために教育をしてきたが自分達が寄って立つべき国家の国家意識すらない指導者を持ってしまった最大の悲劇です。馬鹿にしている場合ではないのです。日教組を批判している場合ではないのです。我々常識ある日本人が全員で「あっ、しまった!今日本がやり直さなければ日本が亡くなってしまう」と反省をしなければならない最後のチャンスなのです。私が何でこういう気持ちになるのかといいますと私は鹿児島の人間なのです。鹿児島に帰ると知覧があります。鹿屋があります。決して知覧、鹿屋の人たちは戦争をした人たちばかりではないのです。
私はよく「宇都君、選挙にでるのは早いよ」と言われるのですけれど、国のために動くのは年齢に関係ないのです。私よりも若い人間が国のために死んでいった。恐らく女性を一回も抱いたことがなかったでしょう。恋もしたことがなかったかもしれない。そういう若者達が純粋なままで、そこは強制などなかったですよ。遺書を見て下さい。あの純粋さ、あの目の美しさ、何と言う字を書いて亡くなっているか、私がぐっと来る言葉、「七生報国」と書いて亡くなった若者達がいました。七回生まれ変わってもこの国に報いよう。楠木正成公の言葉です。我々の65年前のお祖父さんたちが持っていた死生観、命の使い方がそうだったのです。今の私達みたいに後何年かしかない間に財産を使い切らなければとか、或いは若者も年金なんか自分の時は払ってもらえないかもしれないから今払っても意味がないとか。いやそうじゃない。我々の民族は時代を超えて繋いできた民族であったはずです。今生の命はこれでいい。今生は生きるには辛い世の中だったかもしれないが次に生まれ変わる時は必ず良い世の中にしてそのためにこの命を使い切ってやろう。我々はそう思って死んでいった人たちの末裔だったはずです。沖縄に姫ゆりの塔という有名な姫ゆり部隊がありました。あれは旧制の一高女から集められて出来上がった部隊であったそうですね。もともと看護の勉強などしていないのです。一高女ですからエリート集団です。それが見よう見真似でちぎれた手を結んだりお腹から出た腸などを入れたりするのです。最後は本土決戦になって自分達の誇りを守るために集団自決をしました。あの姫ゆりの部隊、いや学徒看護隊、実は八つあったということを皆さんはご存知だったでしょうか。私も恥ずかしながら知りませんでした。それ位私達は戦争を風化してしまっているのです。残り七つの部隊の二高女から集められた部隊に白梅学徒看護隊があるそうです。時間が参りましたのでこれを最後にしたいと思います。この白梅学徒看護隊というのはいまでもひっそりとその慰霊碑が残っているそうです。是非行って下さい。私はまだ行っていないです。ある沖縄の歴史研究をしている先生から沖縄に行ったら必ずそこに行きなさいと言われました。タクシーの運転手に言えば連れて行ってくれるそうです。そこには生き残りの方々が綺麗に土地を整備して白梅学徒看護隊の碑と納骨堂があって人形さんたちが飾られていて右奥の方に行くと集団自決した壕が今でも残っているそうですね。一番下まで降りていけるように階段まで整備されているそうです。「宇都さんね、必ず壕の下まで行って手を合わせなさい。そこで目を開いて耳を澄ましなさい。」私が何が起こるのかと思っていると女の子が見えるそうです。15歳のおかっぱの女の子がある行動をしてあることを語りかけてくるそうです。今、平和を感受している日本人に。「宇都さん、貴方だったら彼女の立場で何と言う声を掛けますか。65年前に戦争を戦ってこの裕福な日本人がお参りに来た時に何と声を掛けますか。」私はこういう想像をしたのです。「私の青春を帰してほしかったな。」ということを言われるのかもしれない。或いは睨まれたりするかもしれない。「辛かった。」と言われるかもしれない。或いは「お水が飲みたい」と要望されるかもしれない。そういう想像をしました。先生はその女の子はこういうことをするのだそうです。足の先から頭のテッペンまで触ってくるのだそうです。そして「ああ、よかった。」と言うのだそうです。「私達が命がけで戦った戦争でこの国にはしっかりとした子孫が残っていたのだ。そうしてしっかりと私達のためにお参りに来てくれた。」と、「ありがとう。」と言うのだそうです。私はそれを聞いたときに自分の想像をものすごく恥じました。今の日本人は命の使い方を間違っているのです。政治が悪い、何が悪いと言いますけれど政策論ではないのです。公共政策をやるにはこういう政治をやるといいでしょう。或いは安全保障の問題であればこういうことをやればいい。政策であればどういうこともできる。でも、この国を立て直すには政策云々ではないのです。我々は本当に持っていた日本人としての誇りとか魂とか本当に受け継いできた何かを取り戻さない限りこの国は亡くなってしまうと思うのです。隣の国の中国の高官はこういうことを言っているのです。せせら笑うように「あと50年もすれば日本という国は国名ではなく地名になるだろう。」と言っています。我々の祖先はあの65年前、アングロサクソンが世界中帝国主義と称して有色人種を自分達の奴隷のように扱っていたのに対して、本当の真の意味での友愛主義で「違う」と「我々は誇りがあるのだ。」と民族の誇りで戦うのだという唯一アングロサクソンに挑戦した先祖の末裔ではないですか。

その誇りを取り戻さなければならないのです。今度の参議院選挙の戦いは何党が過半数をとるとか、どの党に託すれば経済が良くなるとかというものではないのです。我々が今立たなければ日本という国は絶対無くなります。私は最後のチャンスだと思っています。自衛隊という組織は服務の宣誓をやらなければ入れません。服務の宣誓はこういう一文があるのです。「ことにおいては危険を顧みず、もって職務に邁進し国民の負託にこたえるものとする。」平たく言えば国家に命を預けなければ自衛官になれないのです。私は一度国家に忠誠を誓った人間であります。今から政治の道の一歩目を歩き出します。但し私は忠誠を誓った人間として今、この場をお借りして皆さまにもお誓い申し上げます。自民党から防衛議員として出さしていただき、皆さまのお力をお借りしますが、私は徹頭徹尾、日本国の国益のために頑張って行くことをお誓い申し上げます。

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