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2010年8月24日 (火)

五百旗頭と菅の関係

                                        2010.8.24 宮内瑞生

中国はイオキベを日本の”キッシンジャー”と持ち上げ、小淵、小泉、福田の3代に亘る首相の知恵袋だったと煽て、日中関係の戦略性の要であると持て囃していて、本人もその気になっているようだ。
http://news.xinmin.cn/rollnews/2010/03/24/4146373.html
菅首相とイオキベの考えは、略同じであるので、三代の自民の首相達はイオキベに毒されていたと見るべきであろう。

 そのイオキベは、今般は菅に接近している。イオキベ・菅会談は今年7月17日ホテル・ニューオータニの中の料理店で2時間半にわたり行われ、菅談話の内容や8月15日の式辞内容の話もしたのであろう。一方で8月19日にあった防衛省首脳との会談がたった1時間で終わったのからすると、菅からみて防衛省首脳よりイオキベ先生の方を2倍以上に重視していることが分る。
http://www.youtube.com/watch?v=Owm7qAyC1WY

 戦後生まれの菅は、畏れ多くも両陛下の御前で、ヌケヌケと「多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対し、多大の損害と苦痛を与えました」と述べたが、アジア諸国の実情を知っての発言とは思われない。菅は昭和天皇が自存自衛、亜細亜開放のたに宣戦布告したことを知らないのであろうか。

 この男の考えは、イオキベと同じである。
 イオキベは小泉メルマガの中で「侵略戦争を行ったうえ敗北した日本に対する不信は、世界に、とりわけアジアに根深かった」と書いたことがあり、私が「アジアというのは問題がある。インド、ビルマ、マレーシア、インドネシア等々の国が、日本は侵略国だと声明を出したことがあるのか、侵略国と騒いでるのは中朝だけであろうが・・・」と投書したところ、イオキベは以降の論文では「アジア」とは書かず『東アジア』と書くようになった。
 スリランカのジャヤワルデネ元大統領は1951年のサンフランシスコ講和会議において、セイロンの代表(当時は蔵相)として出席し、日本に対する賠償請求権の放棄を表明した。スリランカに続き、インド・ラオス・カンボジャも賠償請求権を放棄した。インドネシアは賠償を受けるに当たって、流石に気が引けたのか、名目上、独立の祝い金を日本から頂くと大統領が言ったいう。インドに於いては、広島の原爆記念日である毎年8月6日にはインド国会が会期中の際は黙祷を捧げているし、また昭和天皇崩御の際には3日間喪に服した。これらの国々は大東亜戦争を評価し肯定しているのである。

 靖国神社については、イオキベは「小泉首相の靖国参拝で、どれほどアジア外交を麻痺させ、日本が営々として築いてきた建設的な対外関係を悪化させたことか」と書き、一方の菅は内閣閣僚全員を不参拝とした。
 毎年恒例となっている、横須賀の小原台から東京・九段の靖国神社に行軍して来る防大生の一群を見るとき、最高指揮官や防大校長がこれで良いのかと心配である。

 イオキベの意見を取り入れて述べた「菅談話」なるものは、国益を著しく害するものとなっている。韓国では国会議員が「女子挺身隊、慰安婦の問題やサハリンに置いていかれた人々への謝罪が談話に入っていない」、北朝鮮は「「1995年の村山談話、2005年の小泉談話より後退しており、謝罪対象を南朝鮮だけに定め、わが共和国とわが人民に対する罪への謝罪と賠償には言及すらしていない」、この他に中国や台湾からは「こっちにも謝れ」と意見されている。正に四面楚歌で、。政治家であれば、沈黙も時には必要とされるのに、余計なことをしてくれたと思っているのは、私だけではないだろう。

 菅は9月に行き詰まるかも知れないが、世渡り上手なイオキベは、次の総理に取り入り、生き残るであろう。どなたかイオキベを辞任に追い込む知恵を授けてくれる方がおられれば、是非出向いてご意見を伺いたいと思っている。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

7月14日から19日までの首相動静に関しまして
次のようなまとめブログがありました。
これも参考になるかと思い、ご紹介します。

「韓流研究室」

http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-562.html

投稿: 章姫 | 2010年8月24日 (火) 21時59分

私も大昔?の一海上自衛官でした。6月の舞鶴練習隊教育を径て、内部選択で選抜され、操縦士の為の教育を館山で、「航空学生」と称して一年半の「航空学生」基礎教育を受けた居た時、当時の防衛庁長官・木村防衛庁長官が視察に見えられました。

当時は館山に儀仗兵はなく、空襲で穴のあいた庁舎の前で「航空学生」(司令・山田龍人一佐)が臨時儀仗兵をやれとの命令、木村大将(当時はそう呼んで居ました)、の検閲を受けました。「気を付け」「捧げつつ」「銃点検」「立て銃」を警衛隊海曹の指導で懸命にやったのが懐かしい思い出です。

未だ防衛大学生も卒業して居ない時期、海上防大一期生とは奈良(空幕)の英語学校で初めて合流、優秀な人達でした現在は、防大生を街で見かける事もなく、たまに会うと体格も小ぶり、何となくひ弱な感じを受けています。校長の資質にも関係は有るのでしょうね。

防衛大学では本当の「日本の歴史」「日本の戦争の意義」位は教えて欲しいものです。日本の戦争は「侵略」どころか独立・人種偏見・人種戦争の中で苦難・苦渋の選択であり、世界に一番貢献した戦争で有った事位は、歴史をさかのぼれば判る事、バカな学者と政治家の不勉強、情けない世に成りました。

投稿: 猪 | 2010年10月25日 (月) 09時37分

猪さま、ご投稿有難うございました。
「日本の戦争の意義」位は大学で教えるべきなのですが、バカな学者が、のさばっているのには、腹立たしい思いが致します。以下の記事をご一読下さい。まったく情けない世に成りました。


10/22 韓国の「中央日報」が ◇先進国の国防革新現場を行く…日本防衛大学の五百旗頭校長 という以下の記事を掲載した。

日本の統合士官学校にあたる防衛大学は、東京から約1時間の距離の横須賀市
浦賀湾付近にある。 日本の防衛大学も自衛隊幹部候補生を輩出する役割はもち
ろん、‘プラスアルファ’の志向点を持っている。 4年間の軍事訓練は105
0時間。 他国の士官学校に比べるとはるかに少ない時間だ。 重点を置いている
のはリーダーとしての知的・精神的土台を固めるところにある。

中央日報とのインタビューに応じた五百旗頭真校長(写真)は「防衛大の3大
教育方針は広い国際的視野、科学的思考力、豊かな人間性」と説明した。 卒業
生の約1割は自衛隊に入らず民間企業などさまざまな分野に進出する。 日本政
府は各分野の最高レベルの講義陣300人で構成された修・博士課程までも開設
し、予算支援を惜しまない。 五百旗頭校長は「各軍の士官学校を一つに統合運
営するのが望ましい」と強調した。

--防衛大はいつどんな目的、趣旨で開校されたのか。

「1952年に防衛大が設立されたのは、日本が起こした戦争に対する反省か
ら始まった。 学校長も軍ではなく民間人にした。 初期は米国のウェストポイン
ト(陸軍士官学校)を視察し、米国の長所に日本的な文化を加えて防衛大を作っ
た。 ウェストポイントと違う特徴は陸海空が協力して一緒に訓練を受ける統合
学校という点だ。 旧日本軍部内で陸軍と海軍のライバル競争があまりにも激し
かったという反省からだった。 人と予算の確保のために陸軍が満州事変を起こ
し、海軍は上海事変を起こすなど、他国と戦う前に内部のライバル意識から予算
・人員確保戦を繰り広げる無意味な弊害があったのではないだろうか」
(以下略)

上記に対する私(宮内)の意見を述べる。

 防衛大が設立されたのは、朝鮮戦争勃発による国際情勢の変化対応に拠るもの
で、戦争を反省して設立されたものではない。
 「学校長も軍ではなく民間人にした」も誤りである。2代目の 大森寛氏は 陸
上幕僚長であった。もっとも自衛官は軍人でないと云うなら、誰がなっても差し
支えないことになる。自衛官または元自衛官でイオキベより適任者は何人もいる
ので、この辺でご本人の辞職をお勧めしたい。
 「人と予算の確保のために陸軍が満州事変を起こし、海軍は上海事変を起こし
た」という珍説は初めてなので、驚いている。韓国人に間違った情報を与えるの
も良くないし、大体このような事を外国メディアに防衛大臣の許可なしで、喋っ
たとしたらこれも問題である。
 何れにせよ、この程度の自称・歴史学者イオキベから教育を受ける防大生は哀
れであり、菅-仙石-北澤-イオキベのラインでの防大生、自衛官の士気の低下
を憂慮するところである。

これに対してある人から、この文は 韓国の中央日報とのインタビューに応じた五百旗頭真校長が「喋った」内容と「韓国の中央日報」記者の見解が、混淆した内容ではないかとのご意見があった。

私もこの方と同様の疑いを持ったが、やはり五百旗頭真校長の罪は重いと感じた。
校長は「韓国の中央日報」の記者から新聞に載せる内容を事前に入手し、不都合
な箇所があれば、直させる責任があるにも係わらず、それを行わなかったのは罪、また行った上で、あの内容であれば、これも罪であろう。
私も何回か外人記者の取材に応じたことがあるが、記事内容を事前チェックをさせることを条件としている。
特に歴史問題では、防大校長の見解は日本国の見解と外国人には見做されるので、校長は特にその発言には注意せねばならない。



投稿: 宮内 | 2010年10月25日 (月) 14時00分

歴史を教わらない時代ですから、校長の選抜は厳密・細心の注意を払う必要が有ります。
近代史は内容にもよりますが、何百冊と読み自分で考えてみる人でないと駄目でしょう。戦後は焚書で西欧の悪は消し、日本を「軍国主義」と当時の「民主国家」を書き変えました。首相が戦争の途中で変わる国を「独裁国?」一寸考えればバカでも判ることです。

ドイツでは昭和5年までの日本の歴史分析を評価、研究は十分されたそうです。そして日本の歴史・天皇観を理解し日・独同盟まで考えていたとも言われていました。武士道を理解しようとしていたのも会津の「白虎隊隊員墓地」にドイツからの顕彰碑が建設されている事でも少しは判ります。

現在の殆どの学者は朝鮮学にしても中国学にしても、日本が無ければ研究が出来ない事も知らないのでしょう。日本の連綿と続く歴史が中国古代史を残し、明治期の中国人留学生が日本に来て初めて大陸の歴史を知った事位は覚えておいて欲しいものです。

中国の考古学者は日本語が上手です。日本で勉強をするからです中国の歴史を知るには日本で勉強する事が必要なのですが、戦後の学者は現地に留学するが、日本を知らずして中国・朝鮮を知ろうとするから間違った歴史を吹き込まれて其の侭信じてしまう。14世紀のハングルの古文書?ではダメです。

初歩的な事でしょうが、もし「日本書記」が無ければ百済も白村江も判らない。「日本書紀」も百済との交流が書いてなければあまり意味のないものに成ります。
「日本書記」がなければ、彼等も東大寺も法隆寺も興味はない、王仁も雲微も判らないのです。
笑いは「任那日本府」など古墳が証明して居るものに、韓国では「伽耶連盟王国」なんて国を作りだしています。

防衛大学が現状の地に設立されたと思う人もおおいでしょうね。初めは今は「通信学校」が久里浜と言う所(ぺリー上陸地)に有りますが、一期生は入校は久里浜と言っていました。その後当時の吉田首相の土地を開放し現在地に建設されたのです。

民主党に成ってからの、防衛大学生は「指導者がバカな国はもたない」変な演説を本人から卒業の挨拶で聞くとは思はなかったと思います。可哀想な「期」ですね。
日清・日露・大東亜其々、日本の独立を掛けた戦いで有り、有色人種としての真の解放戦争と位置付けるが、日本国家の歴史観に成らないといけないと思います。

投稿: 猪 | 2010年10月26日 (火) 19時58分

防衛大学に入り帰化したのか、帰化して後、防衛大学に入ったのか?判りませんが中国人・韓国人が日本をかき回す気が有れば日本は楽な国ですね。

帰化してテレビに出て2,3年もすれば国会議員になれる国、国防義務も必要が無い、日本語も十分でなくても日本国民?75年も日本人をやっていても同じ事、バカな事です。

ちなみに、防衛大学では「孫子」は教えるのでしょうか?今までの大陸の紛争は中華民国・中共も「逃げるが勝ち」逃げる内に他動的に補給線が切られて退く敵を追いかけて、振り向くと又逃げる。「三十計逃げるにしかず」、「孫子」さんをイオキベ知らんのしょうかね・・・・

投稿: 猪 | 2010年10月27日 (水) 16時05分

 私は防大卒で航空自衛官でした。防大では2次大戦中の英独航空戦史を、また自衛隊の学校ではニュ-ギニヤでの日米航空戦史を学びましたが、「孫子」の教育は受けたことはなく、この分野は独学でした。
 在職中に陸士卒のパイロット達から中国や比島での航空戦の話を聞いたことがありますが、この人達の体験談には「孫子」的な戦術論があって興味深いものでした。
 中国人防大生が何人かいるとしたら、彼らを上手く操ること(例えば、スパイに仕立てる)とかこそが「孫子」の兵法の極意と思いますが、今の防衛省でその工作が出来る人は恐らくいないと思います。

投稿: 市ヶ谷 | 2010年10月28日 (木) 11時03分

昔は私服の警務官が居ましたね。殆どが私学出の幹部でしたが年中遊んでいる様な感じを受けていましたが、突然消えたり変な人達と言う印象でした大きい部隊には居ました。

特に下総航空隊が米軍から移管を受けた時に、そう様なタイプの人が居たようです。当時は混乱期で米軍幹部の車を売却先を探してやり、儲けたこともあります。いい加減でした。

海上は旧海軍士官学校での幹部が多く、全てが旧海軍式の教育。航空自衛隊奈良幹部学校、第三中隊英語過程で航空自衛隊式の習慣、海軍・陸軍の寄せ集めの航空自衛隊との違いを面白いと感じていました。

丁度教育期間中に自衛隊記念日があり、奈良公園から国鉄奈良駅の前を航空自衛隊幹部候補生・航空学生と最後列をセーラー服で行進したのを思い出します。その後すぐ下士官用の制服・その後七つボタンに代わるのですね。

国防意識も無くなり、防衛産業も縮小?子供手当・高校無償化・高速道路無料化など税金の無駄使い、これを防衛産業に向ければ経済も上昇するでしょう、国力も上がる単純な事なのですが情けないことです。

投稿: 猪 | 2010年10月30日 (土) 09時21分

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