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2013年7月

2013年7月21日 (日)

田母神閣下&石井候補来福第2弾!

 いよいよ参議院議員の選挙日となりました。その最終の戦いを田母神閣下が応援する石井よしあき候補は鎮西の守りを固めるため、福岡を選びました。

 7月18日から20日に掛けての福岡での戦い振りを報告いたします。

 田母神閣下と石井候補は18日昼前に福岡空港入りし、第一声を福岡市内で街頭演説で開始しました。

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 午後は北九州市に移動し、市内での街頭演説会、街宣をやり、夕方は後援会の皆さんと懇親会参加後、宗像市内の後援者宅で泊まりました。

 19日は朝9時から宗像大社(注1)で後援者の皆さんと一緒に正式参拝「国家安泰祈願祭」後、筥崎宮(注2)に移動し、近隣の後援者の方々と「石井候補勝利祈願祭」に参加しました。

注1:宗像大社は今月7月4日、皇太子殿下の行啓・ご参拝を仰ぎ、ご祭神の神霊も新たに神威宣揚となったばかりです。

田母神閣下と石井候補には正式参拝前に朝、沐浴をして心身ともに清めて貰いました。

注2:筥崎宮は元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられています。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されています。

   石井候補の戦いには最も相応しい正式参拝でした。

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宗像大社正式参拝に参加の皆さん

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                    筥崎宮神門前の田母神閣下と石井候補

Photo_4                   吉住氏による狂言奉納

参拝終了後、田母神閣下は一旦別行事参加のため福岡空港から東京に帰られました。(20日朝、福岡空港で再合流)

一方、石井候補は街宣を開始しながら春日市に移動、市内の飯店で自衛隊OBの皆さんとの昼食会に参加、午後は春日市内、那珂川町内、自衛隊基地、官舎地区を街宣しました。

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自衛隊官舎前での街頭演説会

 退庁時間帯の5時からの春日基地前での演説会を最後に福岡市内の宿泊ホテルに移動し、石井候補は市内の懇親会場「石井候補と語る会」に参加しました。

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「石井候補と語る会」参加の皆さん

 翌日、20日朝8時に井上福岡県後援会会長が田母神閣下を福岡空港で出向かえ、石井候補と共に日本で一番古いと言われている大己貴神社(筑前町)参拝後、大刀洗平和記念館で講演会に参加しました。

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大己貴神社正式参拝後

 その後、大川市に移動し、昼食後、関家具本社3階で講演会に参加、以降は街宣しながら、福岡市内での最後の講演会場に到着、両名は疲れを見せないで後援者に熱く語りました。講演会懇親会終了後、最後の街頭演説会は福岡市内の繁華街、天神駅前で7時半から8時まで通行の皆さんに語り掛けました。

 以上が熱い暑い選挙戦最後の福岡街宣の戦い振りでした。

 本日は、国民の義務として将来の日本を托せる「石井よしあき」候補を当選させるために必ず投票場に行きましょう!

                        副代表 稲葉 敏

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石井よしあき最後の街頭演説会(天神駅前)

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2013年7月 3日 (水)

田母神閣下&石井候補来福!

 平成25年6月23日から24日に掛けて田母神閣下がこの7月の参議院選で立候補予定の石井候補を伴って福岡に来訪されました。

 石井よしあき候補は田母神閣下の懐刀でもある関係で、田母神閣下更迭事件の時は航空幕僚監部の教育課長をやっており、田母神閣下に続く能力のある重臣でもありました。

 今回の田母神閣下の来福は石井よしあき候補の後援会会長として、福岡県の後援会会長の井上政典氏の要請を受けての遊説でした。

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 23日は午前11時30分に宮内代表と私は車で大川市の「KK関家具」に到着し、福岡から電車で到着した田母神閣下、石井よしあき候補をはじめとする30人くらいの方々と合流しました。

 目的は今しか食べることのできないエツ料理を屋形船で食べるためです。現地には車で来られたJR九州の石原会長ご夫妻も招待されており、大川市の名物企業である「関家具」の関社長が招待されたものです。このエツの会は五年ほど前から毎年、関社長が開催され、福岡からいろんな人に関家具のある大川を知ってもらうために依頼された井上氏が人選して大川にお客さんをお連れする企画で、今回は遠くは東京から田母神閣下、石井よしあき候補、宮内代表や政治評論家の山村明義氏など、それにJR九州の石原会長らを招いての会でした。そこにはいまネットで話題のサラ忍マンと上司OLくノ一娘もご参加いただき、賑やかにそして愉快なひとときを過ごしました。

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屋形船での田母神閣下挨拶

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田母神閣下から宮内代表へお酌

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エツは大漁、さっそく刺身で料理

 屋形船下船後は宮内代表と私は田母神閣下一行とお別れしたのですが、一行はその後、福岡に移動し、呉善花先生やお仏壇の長谷川会長をはじめとする福岡の名士の方約50名の皆さんの懇親会に参加したそうです。
 その懇親会が終わる頃、宮内代表と私が車で懇親会会場に田母神閣下と石井よしあき候補を出向かえ、3回目の懇親会場と宿泊場所でもある、宗像市の中山邸に案内しました。

 中山氏は自衛隊OBでもあり、現役時代は田母神閣下の学生時代の教官もやった親しい間柄です。奥さまの手作り料理を頂きながら色々な話で盛り上がったのですが、田母神ご一行の疲れも心配して夜半早々に就寝してもらいました。

 翌朝24日は中山庭園で田母神閣下大好きな後援者が十数名お集まりになり、短い懇談会をやりました。

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                                        中山庭園での後援者集合

前列左から中山(庭園主)、3人目宮内(田母神論文と自衛官の名誉を考える会代表)、4人目(中山婦人)、5人目石井よしあき(参議院選に立候補予定)、6人目田母神(石井よしあき後援会・会長)8人目稲葉(田母神論文と自衛官の名誉を考える会副代表)の各位(敬称略)です。

 その後、皆さんに見送られて私の車で出発、支援者の会社社長さん等を紹介挨拶しながら10時半に直方市の社長さんの紹介懇談を最後に北九州の社長さんに田母神閣下ご一行の北九州案内を引き継いでもらいました。(宮内代表は最寄のJR駅から新幹線に乗り継いで東京にお帰りになりました。)

 当日夕方18時から福岡市内の会議室で田母神閣下一行と支援者20名ほどの懇談会後、大ホールで講演会に参加しました。ここからは井上さんの司会で国旗に敬礼し、国歌を全員で歌いました。気持ちがきりっと締まります。そして寺田蝶美さんの筑前琵琶と岩城朋子さんの語りのミャンマービルマのご遺骨帰國運動の一環として創作した「骨の声」を上演後、田母神閣下と石井よしあき候補の講演をしていただきました。

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               *琵琶弾き語り

 田母神閣下は相変わらずの雄弁さに来場した皆さんはふむふむと頷きながら聞き入っていました。石井よしあき候補はなぜ防衛大学に入学し、自衛隊に入ったかを愚直で真っ直ぐな心を揺り動かす声で切々と語られました。

 防大を目指したのはベレンコ中尉のミグ25の千歳基地強行着陸事件をみてこれは一大事だと思い翌日には防大の願書を手にしていたと言われました。
 石井よしあき候補は、41歳に一佐に昇進しており空将になってもおかしくないような人物ですが、田母神論文事件の際の教育課長で閣下が更迭されたあと、全責任を負わされた人物です。針の筵に座り続け、しかしどんな状況でも最後まで任務を完遂することを信条とされているために、勤めあげられました。

 この時に味わった地獄がこの人の愚直さに強靭さを付け加え、会う人を虜にする魅力を兼ね備えるようになったのだと思います。そしてなにより、尊敬する田母神閣下が自分の分身というくらい信頼されている人ですから尚更です。

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盛り上がった質疑応答

 その後、中州での懇親会に30名ほどが参加し、深夜まで盛り上がったのは言うまでもありません。私も相当疲れましたが、田母神閣下一行はもっとお疲れになったのではないかと心配しておりましたが、至って元気に東京にお帰りになったと伺って安心しました。

是非、田母神閣下の懐刀でもある優秀な石井候補を参議院に送り込みたいものと強く感じた次第です。

                        副代表 稲葉 敏

    琵琶弾き語り:動画を下記にアップしておりますのでご覧下さい。

  http://yahoo.jp/box/IvuCNs

(容量が大きいのでダウンロードに数分掛かるかもしれません。)

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