講演会

2013年7月 3日 (水)

田母神閣下&石井候補来福!

 平成25年6月23日から24日に掛けて田母神閣下がこの7月の参議院選で立候補予定の石井候補を伴って福岡に来訪されました。

 石井よしあき候補は田母神閣下の懐刀でもある関係で、田母神閣下更迭事件の時は航空幕僚監部の教育課長をやっており、田母神閣下に続く能力のある重臣でもありました。

 今回の田母神閣下の来福は石井よしあき候補の後援会会長として、福岡県の後援会会長の井上政典氏の要請を受けての遊説でした。

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 23日は午前11時30分に宮内代表と私は車で大川市の「KK関家具」に到着し、福岡から電車で到着した田母神閣下、石井よしあき候補をはじめとする30人くらいの方々と合流しました。

 目的は今しか食べることのできないエツ料理を屋形船で食べるためです。現地には車で来られたJR九州の石原会長ご夫妻も招待されており、大川市の名物企業である「関家具」の関社長が招待されたものです。このエツの会は五年ほど前から毎年、関社長が開催され、福岡からいろんな人に関家具のある大川を知ってもらうために依頼された井上氏が人選して大川にお客さんをお連れする企画で、今回は遠くは東京から田母神閣下、石井よしあき候補、宮内代表や政治評論家の山村明義氏など、それにJR九州の石原会長らを招いての会でした。そこにはいまネットで話題のサラ忍マンと上司OLくノ一娘もご参加いただき、賑やかにそして愉快なひとときを過ごしました。

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屋形船での田母神閣下挨拶

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田母神閣下から宮内代表へお酌

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エツは大漁、さっそく刺身で料理

 屋形船下船後は宮内代表と私は田母神閣下一行とお別れしたのですが、一行はその後、福岡に移動し、呉善花先生やお仏壇の長谷川会長をはじめとする福岡の名士の方約50名の皆さんの懇親会に参加したそうです。
 その懇親会が終わる頃、宮内代表と私が車で懇親会会場に田母神閣下と石井よしあき候補を出向かえ、3回目の懇親会場と宿泊場所でもある、宗像市の中山邸に案内しました。

 中山氏は自衛隊OBでもあり、現役時代は田母神閣下の学生時代の教官もやった親しい間柄です。奥さまの手作り料理を頂きながら色々な話で盛り上がったのですが、田母神ご一行の疲れも心配して夜半早々に就寝してもらいました。

 翌朝24日は中山庭園で田母神閣下大好きな後援者が十数名お集まりになり、短い懇談会をやりました。

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                                        中山庭園での後援者集合

前列左から中山(庭園主)、3人目宮内(田母神論文と自衛官の名誉を考える会代表)、4人目(中山婦人)、5人目石井よしあき(参議院選に立候補予定)、6人目田母神(石井よしあき後援会・会長)8人目稲葉(田母神論文と自衛官の名誉を考える会副代表)の各位(敬称略)です。

 その後、皆さんに見送られて私の車で出発、支援者の会社社長さん等を紹介挨拶しながら10時半に直方市の社長さんの紹介懇談を最後に北九州の社長さんに田母神閣下ご一行の北九州案内を引き継いでもらいました。(宮内代表は最寄のJR駅から新幹線に乗り継いで東京にお帰りになりました。)

 当日夕方18時から福岡市内の会議室で田母神閣下一行と支援者20名ほどの懇談会後、大ホールで講演会に参加しました。ここからは井上さんの司会で国旗に敬礼し、国歌を全員で歌いました。気持ちがきりっと締まります。そして寺田蝶美さんの筑前琵琶と岩城朋子さんの語りのミャンマービルマのご遺骨帰國運動の一環として創作した「骨の声」を上演後、田母神閣下と石井よしあき候補の講演をしていただきました。

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               *琵琶弾き語り

 田母神閣下は相変わらずの雄弁さに来場した皆さんはふむふむと頷きながら聞き入っていました。石井よしあき候補はなぜ防衛大学に入学し、自衛隊に入ったかを愚直で真っ直ぐな心を揺り動かす声で切々と語られました。

 防大を目指したのはベレンコ中尉のミグ25の千歳基地強行着陸事件をみてこれは一大事だと思い翌日には防大の願書を手にしていたと言われました。
 石井よしあき候補は、41歳に一佐に昇進しており空将になってもおかしくないような人物ですが、田母神論文事件の際の教育課長で閣下が更迭されたあと、全責任を負わされた人物です。針の筵に座り続け、しかしどんな状況でも最後まで任務を完遂することを信条とされているために、勤めあげられました。

 この時に味わった地獄がこの人の愚直さに強靭さを付け加え、会う人を虜にする魅力を兼ね備えるようになったのだと思います。そしてなにより、尊敬する田母神閣下が自分の分身というくらい信頼されている人ですから尚更です。

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盛り上がった質疑応答

 その後、中州での懇親会に30名ほどが参加し、深夜まで盛り上がったのは言うまでもありません。私も相当疲れましたが、田母神閣下一行はもっとお疲れになったのではないかと心配しておりましたが、至って元気に東京にお帰りになったと伺って安心しました。

是非、田母神閣下の懐刀でもある優秀な石井候補を参議院に送り込みたいものと強く感じた次第です。

                        副代表 稲葉 敏

    琵琶弾き語り:動画を下記にアップしておりますのでご覧下さい。

  http://yahoo.jp/box/IvuCNs

(容量が大きいのでダウンロードに数分掛かるかもしれません。)

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2010年12月23日 (木)

「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」講演会集会

 12月8日(水)は先の大東亜戦争開戦の日であります。その日に「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」主催の講演会集会が靖国会館で開催されました。

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 13時半から16時までの間、英霊に対する黙祷から始まり、宮内代表挨拶、平間洋一先生来賓挨拶、宇都隆史参議員講演、岡田政典氏時評講演、協賛代表者挨拶等、密度の濃い内容でした。宇都参議員の講演は最近の尖閣問題を中心にこれからの日本の防衛について話していただきました。以下、講演・挨拶等の概要について下記に紹介いたします。
 有益な集会終了後、近くの場所で懇親会が開かれ、参加者の懇親が一層深まりました。

1.宮内代表挨拶
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 全国各地からの参加ありがとうございます。先程、靖国神社の関係者との懇談で靖国神社境内で現政権の批判をしても構わないかと伺ったところ、「全く問題ありません」とご返事がありましたので、この集会においては安心して、質疑等活発にやっていただきたいと思います。
 それではこれから話していただく3人の先生方を紹介します。最初は平間洋一先生です。平間先生は防衛大学の名誉ある一期生です。防衛大学卒業後、海上自衛隊の護衛艦長等歴任され、以降勉強され、法学博士になられました。各方面で講演、執筆活動をされていますが、最近ではNHK大河ドラマの「坂の上の雲」の海軍関連指導をやっておられます。次に平間先生の教え子でもある本日のメインスピーカーの宇都参議員を紹介します。もう一人の岡田さんは航空自衛隊退官後は防大生後輩のための諸活動をなされています。以上で紹介を終わります。

2.平間洋一先生挨拶
 (まず宇都議員に一礼)
 今、宇都君にお辞儀をしたのではありません。国会議員のバッジにお辞儀をしました。

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 「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」の皆さま、本日は「暴力装置」出身者の私をお招きいただきありがとうございます。

 私はこの暴力装置という言葉に、青春時代の熱い思い出があるのです。暴力装置という言葉ですが、これはドイツの社会・経済学者マックス・ウェーバーが軍事警察力を表現した学術的用語でした。しかし、この言葉をマルクスは『共産党宣言』、エンゲルスは『エルフルト宣言批判』、レーニンは『国家と革命』などで使用し、日本では1960年の共産党の「第8回大会で決議された『61年綱領』」にあります。 私は横須賀高校2、3年生にかけて、三浦半島地区の高校の民主青年同盟の委員長をやっており、三池の炭鉱騒動を支援し、「単独講和反対!Go home Yankee!」と横須賀、逗子、川崎の町をオート三輪の荷台に乗って叫んでいました。
 管さんや仙石さんが小学生の頃です。そして管さんが東京工大で逮捕を逃れるために、第4列で安保反対とやっている時は、私は防衛大学を卒業し2等海尉で、大阪外語大学のフランス語研修学生でした。

当時、大阪外大は革マル系(日本革命的共産主義者同盟)の最も強いところでした。私たちフランス語科の学生は全くのノンポリでしたが、革マル系の学生に強制的に教室を追い出され、上本町8丁目の大学から中之島(扇町)公園まで、「安保、反対」「犬、死ね」と警察官を罵倒しながら革マル派の番犬に羊のように誘導され行進をさせられました。私も野次馬として2回ほど、最後列で参加し途中で消えましたが、その頃、管さんは東京工大学生として、第4列で頑張っていたのですね。私の一周遅れのランナーとして。

 さて、宇都君ですが、私の防大教授時代の教え子です。私は海戦史と近代日本戦史を教えておりましたが、宇都学生は本来ならば航空史を受講しなければならないのに、越境通学(?)で私の教務を2科目も受講していたのです。当時、私は出欠の代わりに授業の終わりに、短歌、川柳、俳句を学生に提出させておりました。そして、退官時に約2000首の中から150首ほどを選び、「詩歌に見る防大生」という一文を書きました。その一文に宇都君の歌が3つも選ばれているのです。次の歌から宇都君の人物、お人柄が判るのではないでしょうか。

「帰り道 どんぐり拾って 秋を知る」
「秋深し 眠りも深し 防大生」
「いつもなら 気にかけないカップルも 今日はむかつく クリスマスの夜」

 今日は「暴力装置」を支援してくださる皆さまや、成長した教え子に会え、感激の一日でした。ありがとう御座いました。

(平間先生の確認を受けて一部変更しております。12/24) 

3.宇都参議員講演(骨子のみ)
    http://www.youtube.com/UtoChannel#p/u/3/ak4Tkf_hoXg
   (上記youtubeは宇都議員が7/26靖国神社参拝後のメッセージです。)

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(1)平間先生のお付合い
 防大生4年の時、「海戦史」と「戦時国際法」の授業を受けました。
 ・特に戦時国際法は大変参考になりました。
 ・平間先生からの印象は学者先生と違って、自衛官として経験された立場で実績を語っていただいたことが大変参考になりました。

(2)靖国神社をお参りして
 ・12/8は69年前、1941年12月8日の日本が米英に開戦した日であり、この日に靖国会館で講演させていただくことは光栄に感じています。
 ・先程、本殿でお参りしてその横にあった明治天皇の御製に感銘しました。

「ならび行く 人にはよしや おくるとも ただしき道を ふみなたがへそ(道)」
 (人々よりは成功出世が遅れても、人として踏むべき正しき道を踏みちがへぬようにせよ)という意味であると思います。

(3)TPPについて
 ・日本の雇用、農業の衰退が予想されますが政府が十分に分析しているでしょうか?
  していないと思います。乗り遅れるなの論理だけで進もうとしているのではないでしょうか。現政府に対して先の明治天皇の御製の本旨を見習ってもらいたいと思います。

(4)田母神論文について
 ・歴史的判断というよりは論文の文脈を捉えるべきです。
 ・69年前の先人は日本国家のことを考えて開戦の決意をしたことに勝手な判断をする人がいますが無責任です。
 ・命を賭けて戦った先人にも失礼ですが、今の自衛官についても認識不足が多々あるということを今の政府、世間に呼びかけたかったのだと思います。

(5)尖閣問題について
 ・今回の尖閣の中国漁船衝突事件は今まで政府が国を守るということを真剣に考えてこなかった付けが明るみになった事件と思います。
 ・この事件の大きな政治的汚点は那覇地検に全て責任を押し付けたこと。
 ・メリットは日本国民に国防の必要性について知らしめたこと。

(6)中国に対する今後の3つの対策
 1.中国という国を正確に把握すること。
  ・政府共産党と国民のずれがある。
  ・経済発展を続け、軍事費を毎年増大している。
  ・国民は愛国心に目覚めつつある。
  ・中国政府にとって恐れていることは①民主化が進んで独裁政府に批判が出ること、②バブルが弾けて経済が下降することである。
 2.日本の法的整備を進めること。
  ・戦後65年経つが自衛隊に関する法整備が未だに不十分である。
  ・自衛隊と警察の違いが明確でない。
  ・尖閣の中国漁船衝突事件は領海侵犯でありながら船長の罪名は公務執行妨害のみである。
  ・領海侵犯は日本の主権侵害であり、自衛隊の出動が必要であるが法律がない。
  ・「領域警備に関する法律」を超党派で現在検討中であるが、社民党再連合の擦り寄りによって、その検討が頓挫しそうである。
 3.国益を明確にすること。
  ・日本にとって一番大事なことは主権と領土国土を守ることである。(経済発展よりも重要)
  ・国益上の優先順位を国家として決めてない。(世論任せになっている。)
  ・米国の優先順位
   ①国民の生存に関わる国益=国の存続=主権
   ②重要国益
   ③主要国益
   ④概念的国益
  ・戦後65年後の現在も日本国家が存在している。戦った先人のお陰である。
  ・100年後、200年後も日本が無くなっていないことが最も重要である。
  ・国民全体として考えなければならない。

(7)宣誓について
   国会議員になって驚いたことがあります。自衛官は国家のために国家危急の時は身命を賭して戦うことを誓います。しかし自衛隊のトップである総理大臣を含めて国会議員は国家に対して宣誓がないのです。
 国会議員になるときは選挙管理委員会から証書を「おめでとう」といってもらうだけなのです。(しかも秘書が代理で受けることもよしとされています。)しかも受領の際、壇上にある国旗に対して一礼する議員すら極少数です。
 仙石官房長官は宣誓をしている自衛隊を暴力装置として「自衛隊を放置しておくと政府に向けられる危険性のある組織なのでシビリアンコントロールしなければならない。」と履き違えているのです。
 私は国会議員こそ、国家に忠誠を誓うべきだと思っているし、実行するよう努力いたします。

(8)国花、桜と菊
  日本の代表する花は桜と菊です。この2つの花は日本人の精神を形容できると思っています。
 桜は潔い生きざまであり、菊は皇室の象徴でもあり、別名よわい(齢)草、千代見草とも呼ばれる長寿であり死生観を表す花だそうです。(郷友連盟の女性の方から教わりました。)
 楠木正成の有名な言葉に「七生報国」という言葉があります。七度生まれ変わっても私はまた国のために戦うということです。
 日本人の死生観について、ある高名な方が「明るい無常観」であると言われました。日本人としての生きざまを孫の世代に残すこと、そこまで繋いでいくことであると思います。経済という言葉がありますが本来は「経世済民」の略であり、その意味は「世を治め、民を救う」ことであります。目の先だけ、現在生きている人だけの幸せだけではなく、将来の子孫まで引き継がれていくことが一番大切なことではないでしょうか。
 私はこの世代を繋いでいく経世家として今後とも頑張っていきたいと思っていますので引き続き皆さまのお力をお願いいたします。
 この素晴らしい集いに参加させていただきましてありがとうございました。

○ 質疑(対宇都議員)
Q1 領域警備についての法整備のお願いです。中国の漁民が数百隻で尖閣列島に上陸するという話もあります。是非、宇都先生におかれても引き続き領域警備の法律を通すようお願いいたします。(お願いのみ)
Q2 佐藤正久議員が、「イラク派遣の際は矛盾するミッションを誠実にやっていた。」との話がありました。宇都先生には国益の教育者として頑張ってもらいたいと思いますが所信についてお伺いします。
Ans 佐藤議員とは二人三脚で協力しながら議員活動をやって行きたいと思っております。国会議員にとって一番怖いことは慢心驕りだと思います。先生と言わずに宇都議員、或いは宇都君と呼んでもらいたいと思います。そして正道からずれている場合は遠慮なくご指摘いただきたいと思います。
Q3 中華人民共和国について何故日本の国会議員は「シナ」と呼ばないのか。
  2点目は中国政府は度々、国民のガス抜きをやるために反日をやるのだと言われていますが、この対象が何故日本だけなのか教えて欲しい。
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Ans シナは英語でChinaと書きますので確かにその通りですね。しかし公式なところで「シナ」と呼ぶべきかは日本として考えなければならないと思います。昔は「シナ」と呼んでいたことを子供の世代が知らないことは問題だと思います。シナソバは知っていても、その由来が判らない子供、その辺を世代に繋いでいく必要があると思います。
もう一つの質問の「何故反日だけが利用されるのか」ですが、戦前のシナ事変で日本に対するプロパガンダが続いていること。もう一つは日本の政治が中国に対して折れてきたということ。日本という国は強く出ると必ず折れるという誤ったメッセージを出し続けてきたということです。どこかのタイミングでその誤ったメッセージを打ち消す必要があり、そのためには政治を代表する総理がその努力をしていかねばならないと思います。
 私は宣言しておりますが、死ぬまで靖国神社には参拝しますので、よろしくお願いします。(宇都議員の予定があるため、ここで質問打切り)

4.岡田政典氏時評講演(骨子項目のみ)
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(1)最近の危機管理について
   ・北朝鮮の砲撃事件では自衛隊、海上保安庁、警察から総理大臣に報告が上がってない。
   ・総理はテレビで情報を知った秘書官から聞き、岡崎公安委員長は登庁もしなかった。
   ・実働レベルでは官邸、公安委員長に期待していないから報告が届いてないのではないか。

(2)田母神前空幕長更迭について
   ・更迭された以降、2年経つが、講話、執筆活動等人気が止まるところがない。これは奇跡とも言える。
   ・それだけ、国民は現政権に対して安全保障の不安を感じているということである。
   ・この国を救える人のベスト3は土屋たかゆき、水島 総、田母神俊雄である。
   ・田母神氏の更迭後のパッシングは酷かった。

(3)自衛隊の指揮系統上の問題
   ・周辺事態法はあるが北朝鮮の砲撃事態に対する管政権は周辺事態ではないと逃げている。
   ・周辺事態法の内容が複雑である。現場指揮官は判断できない。時期を失してしまう。
   ・それにも拘らず自衛隊海外派遣活動においては死傷者ゼロであることは奇跡に等しい。
   ・それは現場指揮官が皆腹を括って対処したからである。
   ・現状のシビリアンコントロールは「自衛隊の暴力から国民を守ること」と思っている。
   ・従って、自衛隊の現場指揮官が判断できないようになっている。
   ・実力組織(自衛隊、警察等)では現場で判断できなかったら有事戦えない。

(4)クラスター爆弾の廃棄について
   ・11/23の北朝鮮砲撃事件に対する韓国の砲は多連装ロケット砲(12連装)を使っていた。
   ・陸上自衛隊ではクラスター爆弾を10年以上にわたって装備していた。(10倍20倍の効果がある。)
   ・福田内閣当時、平和主義に負けてクラスター爆弾の廃棄条約に乗ってしまった。
   ・五百籏頭防大校長は当時、福田内閣の腹心としてこの廃棄提案をしたことは確実。
   ・防大校長の立場を考えると、この廃棄提案は相応しくない。
   ・来年度の予算で廃棄の経費が計上されてしまった。
   ・最後の手段として国に廃棄を中止するよう働きかけるべきであるが、それが適わなければ廃棄に代わる凍結処理に変更すべきである。(戦前の米軍投下不発弾がいまだに威力を温存しているので凍結処理しても有事の際は有効な戦力となる。)

以上文責稲葉(司会)

07                    盛り上がった懇親会

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2010年7月11日 (日)

田母神さんの福岡講演

 2010年7月11日(日)、国政を左右する国民の参議員選挙の日です。
なんと、その日に福岡に田母神さんが駆けつけてくれました。

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主催は福岡大学同窓会有信会筑紫野支部です。会場は昭和天皇も行幸されたという大丸別荘です。
田母神さんのいつもの語り口ですが今回の新しいジャンルは日本国政の分かれ目の選挙、何としても保守が頑張ってもらわないと将来の日本の国益を阻害する政治勢力に汚染されてしまうということです。

考える会の副代表として田母神さんに本日確認しました。
Q1:日本のため、総理大臣をやる気があるか?
Ans:勿論あります。民主党政権の弊害を払拭することが保守の政治家の任務と思っている。その時期が来れば私も身命を賭して立ち上がります。
Q2:今回の参議員選をどう考えているか?
Ans:まず、民主党が国民の真を問えない可能性があります。そうすると参議員選の結果、民主党政治の不信任となります。その時は田母神が立ち上がります。日本の将来の安全保障と日本の国益最優先で国民のための政治をやるために身命を賭して頑張ります。
(衆議院解散、再選挙を予想)

参議院選挙の結果が出ておりませんので、宇都後援会一員としてはこの辺でおさめておきます。明朝までには結果が出ると思っております。

自衛隊OBの有志も駆けつけましたので下記写真をご覧下さい。

(勿論、一番背の低い人が我等希望の田母神さんです。)

”私は政府に叩かれてこんなに背が低くなりました!”

  将来の田母神大臣、日本を救うため頑張れ!

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                              因幡の白兎(右端です。)

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2010年7月 5日 (月)

宇都君福岡街宣(2010.7.5)

6月30日、7月1日に続き、梅雨の小雨の中、7月4日、5日は宇都君の福岡街宣2回目です。
7月5日の春日街宣では宇都君の元上司でもある堀元西空司令官も駆けつけてくれました。
宇都候補の熱意あるスピーチは1回目にも勝る元気な発声で選挙民に日本の再生を訴え続けました。(人気絶頂の衆議員、小泉進次郎氏のスピーチに勝るとも劣らない35歳の迫力がありました。)

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街宣の合間に支援者の勧めにより、福岡市東区にある筥崎宮で宇都君選挙戦成就祈願を後援者と一緒に行いました。

『敵国降伏』(注1)の御宸筆が掲げられている楼門の前で宇都君と支援者

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その後、小郡市、久留米市を街宣し、福岡空港から福島の街宣へと旅発ちました。
宇都君には独立国、日本の将来を託すためにも必勝成就を期待しております。

                         福岡から因幡の白兎

             頑張れ!うと たかし

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注1『敵国降伏』:下記筥崎宮ホームページ参照
http://www.hakozakigu.or.jp/history.php

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2010年6月22日 (火)

宇都隆史君の決意表明

宇都隆史を励ます会
・日時:平成22年6月12日
・場所:春日市ふれあい文化センター
・主催者:福岡県宇都隆史後援会

 皆さん、こんばんは!只今紹介いただきました参議員比例区で出馬させていただきます宇都隆史(うとたかし)と申します。参議員比例区は昔は全国区と申しました。今でも全国区と言われる方が多いと思いますが、中でもこういうことを言われる方がいます。「宇都君、残酷区だね。北海道から沖縄まで走り回らなければならないから」と。ただ私はそういうことに対しては「違いますよ。全国区、残酷区、確かに走り回らなければならないのはその通りですが、でもね、比例区でないと味わえないことがあるのですね。全国を走り回りながら色んな方々とお会いできる。私が一緒に汗を流したOBの先輩方、あるいは私と同じ年代の自衛官を預けていただいている父兄会の方、あるいは旧軍経歴を持っておられる偕行会、水交会の方々、色んな方々が各地でお待ちいただいております。論語の中にこういうことが書かれています。友遠方より来る。また楽しからずや。友というのは昔からの友だちを言うのではないのだそうです。一度も会ったことがない、自分の考えに共鳴してくれている、あるいは志を同じくする人間が遥か遠いところから自分を訪ねて来てくれた、こんな楽しいことはないじゃないか。そういう意味だそうです。比例区というのはまさにこれの醍醐味があります。全国各地、どこに行ってもローラが出てきます。そこで集まってくださる人たちは論語で言う真の友です。そういう皆さんと貴重な時間を共有できるということをまず私、嬉しく思いますのでまず御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

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 今からお時間を少し頂きまして私の人となりを紹介させていただき、併せてどのような政治をさせていただくかを少し話さしていただきたいと思います。その前に皆さま方にお願いがあります。私の小さい時から親父の教育といいますか、人様にお話しをする時は高いところから話すことに抵抗がありまして、ここで下に降りて皆様の席でお話しさせてもらってもよろしいでしょうか。(拍手)
この方が皆様の顔も良く見えるだろうということでここで話をさせていただきます。
私はよくこういうことを言われます。「宇都君は昔から政治家を志していたの?いつから政治家を目指したの?」本当はギリギリになるまで自分が政治家を目指そうとは思いもしておりませんでした。私は鹿児島の人間なのですが親戚一同眺め回しても政治家なんかはいないのです。市議会議員、町内会長さんもいないのです。そういう人間がいったいどういう理由で政治をやらなければならないと思ったか、それらの話も含めながら話させていただきたいと思います。

 今日は入り口で資料をお配りさせていただきました。この中に私のプロフィルが入っております。後からお帰りになってからよくご覧下さい。このプロフィルと言いますのは政治家が色々なところに出すのですね。政治家が、公職につく人間がプロフィルに書くといった時には嘘を書いてはいけないのです。行ったこともない大学を書いたり、剣道2段を師匠からもらったとか勝手に書いてはいけないのです。感のいい方が私のプロフィルを見てアレッと思われることがあると思います。大学に入った年と出た年が実は合わないのです。私は防衛大学校というところにいたのですが5年間在学しておりました。それほど私は優秀だったのです。防衛大学校というところは学年差の厳しい学校でありました。4年生はなかでは神様といわれます。3年生は貴族といわれるのですね。2年生はやっと平民扱いです。1年生は奴隷と言われています。本当に1から10まで叩きのめされて口答えなんか許されない。私はその奴隷を2回やりました。根性が付きました。実は私が何故この話をしたかといいますと、ある単位を落として留年したのですが、後から考えるとこのことが私が政治を目指す根幹になったのだなと思います。私は落とした単位は必修単位の大事なものを落としました。それは日本国憲法です。学生400名位入る大きな教室で一人の教授が憲法講義をする訳です。私達の頃は確か慶応大学から来られた先生が講義をされていたと思います。その先生が生徒400名を相手にしてこういう事を話しする訳です。昨日今日まで18歳だった高校生です。「いいか、君達はここで4年間学んで自衛隊の幹部自衛官になる。よって憲法9条に書かれている法解釈と自衛隊の存在意義をきちっと説明できなければいけないぞ。よってこの講義はしっかりと聴いとけ。」と言われました。教授は400名の学生を前にしてこういう質問をしました。「いいか、君達の中で自衛隊が軍隊と思うものは手を上げよ。」8割位の学生が手を上げたでしょうか。そうですね。自衛隊はこの国唯一の武装集団ですから軍隊だと思っているのだと思います。2割位の学生は迷っておりました。即座に教授は答えました。「今、手を上げた諸君、君達は間違っている。私の講義を良く聞いてこういう様に回答しなさい。」教授が言うのはこうなのです。「日本国憲法は戦力の不保持を謳っている。従って自衛隊は軍隊ではないのだ。それでは自衛隊は何なのだ!ということになります。「国際法上、国家を守ると言う自衛権は国家の法律に書いてなくとも自然に認められている。個人を守る自衛権も自然権として認められている。その国を守る自衛権として必要最小限の戦力を持つことが許されている。これは国内法的にも国際法的にも認められることである。よって自衛隊の戦力は自衛権を発動するための必要最小限の戦力ではあるが軍隊ではない。これが正しい憲法の解釈である。」こう言う講義をされました。憲法講義としてはまさにその通りです。そのはずです。ただ私達の中には?マークが付きましたね。案の定、期末試験に全く同じ質問が出ました。「憲法9条についての法解釈と自衛隊の整合性について述べよ。」私は教授の言われたとおり書きました。しかし、最後の一文に「しかし、そんな解釈はまやかしではないかと思う。」と加えました。結果×でした。何故、こんなことを言うのかと申しますと、日本の我が国の安全保障を取り巻く法環境と言うのは18歳の子供が今まで国家を考えたこともない、あるいは安全保障の勉強なんかはしたこともない訳です。そんな子が普通に初めて聞いた時、「そんなのはおかしいではないか。まやかしの何者でもないではないか。」と思うことが当り前ではないでしょうか。そんなことが戦後65年間、まやかしで通して来ている国家なのです。

私は9年2ヶ月航空自衛隊で勤務させていただきました。二つのことを学んだと思います。一つは私は昭和49年に生まれまして今年36歳になる全く持って戦後教育で育ってきた新人類の部類です。同じ年代からすると国家観の全く持っていない人間も沢山いるでしょうが私は防大5年間と自衛隊9年2ヶ月で国を守るという国家というものを教えてもらいました。国を守る重要性、国を愛するということはどういうことなのだろうか。これを教えてもらいました。もう3年前に制服は脱ぎましたが私は自衛隊に入って本当に良かったなと思っております。もう一点私が学んだ重要なことは、それは悲しいことでした。それは戦後65年経っても我が国は独立国家ではないということが自衛隊現場にいると良く判るのですね。国民の皆さんには良く知られていないことです。別に隠していることではないでしょうけれども敢えて誰も言わない。新聞も書かない。国会議員も言わない現実がそこにありました。エピソードとして私が現場にいて経験したことを二つほど話します。

 まず、一つ目ですけれども、私の仕事で紹介しますが・・私は戦闘機乗りではないのですが管制官という仕事をやっていました。民間で管制官と言いますと空港のタワーに登っていて飛行機の離発着を管制する人、いわゆる航空管制官と言います。航空自衛隊ではもう一つ違った管制官がいます。それは要撃管制官です。日本には全国の島とか山の上に28箇所のレーダーサイトというものがあります。この福岡で一番近いところでは佐賀県と福岡県の県境に脊振山というレーダーサイトがあります。

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24時間電波を出しまして日本の上空を飛ぶ鉄の物体の反射波を拾い集めてレーダースコープ上に映し出しています。この空を飛んでいる物体でレーダースコープに映らないものはありません。28箇所のレーダーの情報を日本の4箇所に集めています。青森県の三沢基地、埼玉県の入間基地、ここの福岡県の春日基地、沖縄県の那覇基地です。ここの春日基地は直ぐ傍にありますがそこよりも九大の方に牛頚川を越えたところに目立たない基地がありますがそこが私が勤務していた場所です。地下二階の作戦指揮所です。上から爆弾が落ちても潰れない施設で戦闘作戦ができるところです。ここで何をしているところかと言いますと我が国に不当に近づいてくる航空機に対して戦闘機を上げるボタンを我々が押します。スクランブルです。緊急発進と日本語では言います。緊急発進の飛行機はこの近くではあれば福岡県の築城基地、宮崎県の新田原基地から5分以内に離陸します。その飛行機を誘導管制することが我々の仕事です。この緊急発進は年間平均250件ほどあります。今では中国機の方が5割がたを占めるようになりました。我が国の不当なところと言っても公海の上空なのですが領空に入らせないように対処します。2機で当たるのです。戦闘ではありませんが、戦争ではありませんのでミサイルの数は一杯積んでは上がりません。一機に付きたった2発だけ、非常に飛距離の短いミサイルを自己防御用として積んでいるだけです。10年以上のベテランのパイロットと若手のパイロットがワンセットになって飛んで行きます。リーダー機がその怪しい飛行機の斜め前に付きます。若手のパイロットはこれを制圧するために後ろに付くのですね。リーダー機は通告または警告をします。「このまま、飛行すればあと○○マイルで我が国主権のある領空に入るので機首を曲げなさい!」相手は普通言うことを聞きません。反応すらありません。それでも言うことを聞かない場合は航空自衛隊は何をするか、信号射撃ということをやります。これは警察官が犯人に向かって「止まれ!」と言い、それでも止まらない場合は空に向けて威嚇射撃をやります。それと一緒です。前に出ているリーダー機が不審機の前に向かってバルカン砲を撃ちます。それでも言うことを聞かなかったらどうなるかと言いますと、実は航空自衛隊では何もできないのですね。まっすぐ飛んでくる不審機に対して付いて飛んでくるしかないのですね。10年ほど前でしたか、アメリカの方で今テロとの戦いの引き金になった貿易センタービル、9.11テロというのがございました。あれは軍用機ではなく民間航空機でございます。民間航空機が規定の路線を外れて可笑しいな可笑しいなと思っていたら、それはテロに乗っ取られた飛行機であり貿易センタービルに突っ込んだ訳ですね。世界の軍隊において予想外のことが起こりました。兵器が無くとも民間飛行機だけでもこれだけの殺傷能力があるのだと。これからの戦いは軍と軍の戦いではなくテロとの戦いになるかもしれない。と世界が騒然とし、世界の安全保障の局面が大きく変わった事件だったのですね。それ以降においても航空自衛隊の平時におけるスクランブルの体制は変わっていないのです。今、仮にロシアの方から、あるいは韓国の方から民間航空機が規定の路線からずーと外れて東京まで飛んで来た。皇居まで飛んで来た。あるいはこの福岡の上空まで飛んで来た。航空自衛隊は何もできないのです。もし相手はまっすぐ飛んできて高度を下げて突入体勢に入っても撃墜指令すら出せないのです。撃つことなんかはとてもできません。中には戦闘機クラスが向こうの国から来る時もあります。ミサイルを沢山積んでくる軍用機もあります。勿論実弾です。訓練弾なんかじゃないです。それに対して恐ろしいのですけれどもリーダー機は斜め前に出て行くのです。そういう風に法律解釈がなっていますから。もし仮に何らかの向うの作為かミスでミサイルが発射されてリーダー機が撃墜されてしまった。あるいはミサイルでなくバルカン砲が何かの不具合で発射され被弾してしまった。後から制圧していた僚機が何ができるか。何もできないのです。今の自衛隊の平時における武器の使用基準では武器を携行していて警備をしていても目の前で我が国の同朋が攻撃されていても何も手出しをすることができないのです。自分に対して攻撃された時、自分の身を守るためだけに正当防衛、緊急避難として武器を使用することが許されるのです。こういう現実であります。

 もう一つのエピソードを紹介します。島根県の沖合いに竹島という島が存在します。あの島はもともと我が国の固有の領土です。今でもそうです。朝鮮戦争が終わった後、1952年に韓国の李承晩という指揮官、指導者が李承晩ラインを定めて、竹島は我が国の固有の領土であると主張しはじめてから不法占拠されています。その間ずっと占拠されたまま、自衛隊としての対処は行われていません。領空というのは我が国の領土の外、12海里のところに線を引いた領海があり、その線を空にまっすぐ上げていった上空を領空といいます。我が国の主権の及ぶ範囲です。我が国はどんなことをしても守らなければならない範囲です。竹島は我が国の固有の領土と政府は言っています。我々の地下二階の戦闘指揮所の地図にも竹島がわが国の領土としては入っています。その周りには12マイルの領海の線も入っています。その上が領空です。領空として守りなさいと文書化されている領空です。でも皆さん、竹島の上には何が作られていますか。韓国のヘリポートが作られているのです。韓国の軍隊ではないですが向うの警察航空隊のような部隊のヘリポートです。ヘリポートがあるということはヘリコプターが出入りすることです。我々のレーダーから見ていると日に何回も速度の遅い機影が出入りしています。航空自衛隊は何もしないのです。スクランブルも上げられないのです。何故かというと国と国との諍いになるからです。でもね、我が国の主権の及ぶ領土を守れない国家は国際的には独立国家とは言えないのです。そのことを私は自衛隊にいてまざまざと見せ付けられました。

今までもこういうことを現場で見聞きした中で勇気ある先輩方が意見具申したのです。ことごとくその声は通りませんでした。古くは統幕議長をやっておられた栗栖先輩もそうでした。形は違えども前空幕長の田母神先輩も同じだと思います。私は前空幕長が言ったのは個人的な歴史観を披露しただけではいけないと思っていまして、あの論文の後に行間にあること、本当に田母神空幕長が訴えたかったことは何だったのか、私はこういう風に感じました。戦争はお互い正義はあると。お互い正義があって自分の国がこの正義のために戦えと軍を出した以上、例え戦争に負けたからと言ってあの正義の旗は間違っていたと、歴史を否定されたら、その時に戦った軍人の英霊が何と思うか。或いはそういうことをされるのだとしたら指揮官がどういう気持ちで戦地に赴けという命令を出せるのかと。田母神さんは多分それを言いたかったのだと思います。

近々ではこういう事がありました。福島県のある連隊長です。王城寺原という岩手にある演習場、雪の中の演習場で今から日米訓練を行うという直前の部下隊員に対する訓示です。訓練ですから気を引き締めないと怪我もします。死人も出るかもしれない。指揮官としては隊員を鼓舞するための隊員の気持ちを盛り上げるための一言を投げかけたわけです。こういうようなことを言いました。「いいか諸君、同盟というものは決して外交の美辞麗句やトップ同士の信頼してくれということだけで成り立っているものではない。我々が普段の訓練で汗を流して、『あの時一緒に訓練をやったな』と思えることで成り立っているのだ。だから諸君頑張れよ、今からそのために辛い訓練をやるのだ。」と。こういうことを言ったのです。何処が間違っていますか。まさにとの通りではないですか。それにも拘わらず、その連隊長に対して、「異例の発言である、クーデターにも繋がる危険な思想である」ということで1年間の事実上の更迭をされました。現場のことがなかなか政治に届かないのですね。65年間、この国は安全保障ということに目をつぶってきました。鳩山政権に変わりまして8ヶ月の間、普天間の問題で大きく瞑想を続けました。この普天間の問題は、根本にあることが何も語られなかったと思います。防衛関係者として経験のあるものとしてものすごく憤りを感じました。その語られなかったという本質とは何なのか。それは何のために沖縄に米軍基地が必要なのかということをどこのニュースペーパーも言わなかったのです。メデア、テレビも。たった一言ではないですか。自分達で自分達の国が守れないから居てもらっているのだと誰も言わなかったのです。憲法9条では守れないのですから。攻撃力は持てないのです。攻撃力を持てないのをカバーするためにどうしてもこの国を守りたい、国民の命を守りたいから攻撃力をカバーするために日米同盟を組んでいるのです。正式名称は「日本とアメリカ合衆国における相互協力と同盟条約」この6条によって守ってもらう場合に、一方的に守ってもらう代わりに土地と施設は提供いたしますよと国家で約束をしているのですよ。国と国との約束なのです。それをやれうるさい、米軍出て行けとはなにごとかと。我々はともするとあのヘリコプター部隊を何処かに持っていけないかと考えたわけです。しかしあのヘリコプターは海兵隊を運ぶ手段です。海兵隊は有事の場合は真っ先に戦場に赴き戦況を有利にするための部隊です。朝鮮半島で何かが起こった時、韓国に駐留しているアメリカ人と在韓の日本人を助けるために、即応態勢を取っています。生身の血の通ったアメリカの軍人さんたちはなんの血縁も無い日本人を助けるために国と国が約束したからと言ってそれに基づいて遠い異国の島国に来てまで親から離れて明日命を投げ出してもよいと思って厳しい訓練を積んでいるのですよ。我々は日本として極めて人間として無礼なことをしたのではないかなと思います。まるで迷惑施設、ごみ処理場を何処に持っていくのかという話をしたではないですか。国際社会において日本の信用はがた落ちになりました。決して鳩山首相の話だけでがた落ちしたのではないのです。私達日本人全員が日本の信頼を貶めたのです。数日前ですがアメリカの新聞社調査で次のような記事が載りました。アメリカの有識者に対して「アメリカのパートナーはどの国ですか」と。その結果56%が中華人民共和国であると。日本と答えたのはたったの36%で3位に落ちました。それは経済的なパートナーとか色々な面があるでしょう。一つは自分達は自分達で国を守れない国は何をえらそうなことを言っているのかと。全世界の人が見たのですね。鳩山首相の問題の発言に関しても同じことが言えます。自衛隊の最高指揮官として昨日今日勉強して始めて米軍海兵隊の我が国に対する抑止力があることが判ったと。そんなことは言って欲しくなかった。それは本音です。ただそれを憂える日本人は何人いるのかということを誰も言わなかったのですね。鳩山首相はよく宇宙人とよく言われるのですけれど典型的な戦後に育った日本人だと思います。鳩山首相と大して変わらない国家意識の人が多いのです。私の友達なんか抑止力について話せる人はいません。戦後65年掛けた教育の最大の被害者は鳩山首相ではないかと思います。65年間ですよ。この国の守りということをこの国は国民に教えてこなかったのです。国防の重要性、地域において働いている自衛隊さんたちは国防という目的のためにこういう訓練をしてきているのですよと誰も教えてきていないのですから。子どもたちに聞いて見て下さい。自衛隊は何をするか、あのおじさんたちは何をする人か知っている?と聞いて見て下さい。恐らく川が氾濫した時に土手を埋める人たち位にしか思っていないと思います。宮崎に言ったら牛を殺す人と言われるかも知れません。でも現実はそういうものなのです。だって国家というものを日教組は教えてこなかったではありませんか。日の丸は掲げていない、君が代は歌わせない、ましては愛国心は教えない、国家というものは言うことを聞いていると戦争に駆り立てるような忌々しき組織であって我々の一人ひとりの人権を侵害するものとしか教えてこなかった。ましてや歴史なんかは真実を教えてこなかったではないですか。65年前、我々の祖先、お祖父さんや曾お祖父さんが戦争の是非はともかくとして我々子孫のために命を掛けて戦ったという事実、そしてその前の歴史、美しかった頃の歴史を教えなくて、「戦前は全てが悪であった」と。そんなことを教えたらどんな日本人が育つか。65年間掛けて子供が大人になりました。中には国会議員も出るのです。その中にこの国の最高の指揮官になった人、その最高指揮官が座に着いたときに真っ先に何と言ったか。「日本国は日本人だけのものではない。」といったのです。私達の最大の悲劇ですよ。65年間掛けて信じるもののために教育をしてきたが自分達が寄って立つべき国家の国家意識すらない指導者を持ってしまった最大の悲劇です。馬鹿にしている場合ではないのです。日教組を批判している場合ではないのです。我々常識ある日本人が全員で「あっ、しまった!今日本がやり直さなければ日本が亡くなってしまう」と反省をしなければならない最後のチャンスなのです。私が何でこういう気持ちになるのかといいますと私は鹿児島の人間なのです。鹿児島に帰ると知覧があります。鹿屋があります。決して知覧、鹿屋の人たちは戦争をした人たちばかりではないのです。
私はよく「宇都君、選挙にでるのは早いよ」と言われるのですけれど、国のために動くのは年齢に関係ないのです。私よりも若い人間が国のために死んでいった。恐らく女性を一回も抱いたことがなかったでしょう。恋もしたことがなかったかもしれない。そういう若者達が純粋なままで、そこは強制などなかったですよ。遺書を見て下さい。あの純粋さ、あの目の美しさ、何と言う字を書いて亡くなっているか、私がぐっと来る言葉、「七生報国」と書いて亡くなった若者達がいました。七回生まれ変わってもこの国に報いよう。楠木正成公の言葉です。我々の65年前のお祖父さんたちが持っていた死生観、命の使い方がそうだったのです。今の私達みたいに後何年かしかない間に財産を使い切らなければとか、或いは若者も年金なんか自分の時は払ってもらえないかもしれないから今払っても意味がないとか。いやそうじゃない。我々の民族は時代を超えて繋いできた民族であったはずです。今生の命はこれでいい。今生は生きるには辛い世の中だったかもしれないが次に生まれ変わる時は必ず良い世の中にしてそのためにこの命を使い切ってやろう。我々はそう思って死んでいった人たちの末裔だったはずです。沖縄に姫ゆりの塔という有名な姫ゆり部隊がありました。あれは旧制の一高女から集められて出来上がった部隊であったそうですね。もともと看護の勉強などしていないのです。一高女ですからエリート集団です。それが見よう見真似でちぎれた手を結んだりお腹から出た腸などを入れたりするのです。最後は本土決戦になって自分達の誇りを守るために集団自決をしました。あの姫ゆりの部隊、いや学徒看護隊、実は八つあったということを皆さんはご存知だったでしょうか。私も恥ずかしながら知りませんでした。それ位私達は戦争を風化してしまっているのです。残り七つの部隊の二高女から集められた部隊に白梅学徒看護隊があるそうです。時間が参りましたのでこれを最後にしたいと思います。この白梅学徒看護隊というのはいまでもひっそりとその慰霊碑が残っているそうです。是非行って下さい。私はまだ行っていないです。ある沖縄の歴史研究をしている先生から沖縄に行ったら必ずそこに行きなさいと言われました。タクシーの運転手に言えば連れて行ってくれるそうです。そこには生き残りの方々が綺麗に土地を整備して白梅学徒看護隊の碑と納骨堂があって人形さんたちが飾られていて右奥の方に行くと集団自決した壕が今でも残っているそうですね。一番下まで降りていけるように階段まで整備されているそうです。「宇都さんね、必ず壕の下まで行って手を合わせなさい。そこで目を開いて耳を澄ましなさい。」私が何が起こるのかと思っていると女の子が見えるそうです。15歳のおかっぱの女の子がある行動をしてあることを語りかけてくるそうです。今、平和を感受している日本人に。「宇都さん、貴方だったら彼女の立場で何と言う声を掛けますか。65年前に戦争を戦ってこの裕福な日本人がお参りに来た時に何と声を掛けますか。」私はこういう想像をしたのです。「私の青春を帰してほしかったな。」ということを言われるのかもしれない。或いは睨まれたりするかもしれない。「辛かった。」と言われるかもしれない。或いは「お水が飲みたい」と要望されるかもしれない。そういう想像をしました。先生はその女の子はこういうことをするのだそうです。足の先から頭のテッペンまで触ってくるのだそうです。そして「ああ、よかった。」と言うのだそうです。「私達が命がけで戦った戦争でこの国にはしっかりとした子孫が残っていたのだ。そうしてしっかりと私達のためにお参りに来てくれた。」と、「ありがとう。」と言うのだそうです。私はそれを聞いたときに自分の想像をものすごく恥じました。今の日本人は命の使い方を間違っているのです。政治が悪い、何が悪いと言いますけれど政策論ではないのです。公共政策をやるにはこういう政治をやるといいでしょう。或いは安全保障の問題であればこういうことをやればいい。政策であればどういうこともできる。でも、この国を立て直すには政策云々ではないのです。我々は本当に持っていた日本人としての誇りとか魂とか本当に受け継いできた何かを取り戻さない限りこの国は亡くなってしまうと思うのです。隣の国の中国の高官はこういうことを言っているのです。せせら笑うように「あと50年もすれば日本という国は国名ではなく地名になるだろう。」と言っています。我々の祖先はあの65年前、アングロサクソンが世界中帝国主義と称して有色人種を自分達の奴隷のように扱っていたのに対して、本当の真の意味での友愛主義で「違う」と「我々は誇りがあるのだ。」と民族の誇りで戦うのだという唯一アングロサクソンに挑戦した先祖の末裔ではないですか。

その誇りを取り戻さなければならないのです。今度の参議院選挙の戦いは何党が過半数をとるとか、どの党に託すれば経済が良くなるとかというものではないのです。我々が今立たなければ日本という国は絶対無くなります。私は最後のチャンスだと思っています。自衛隊という組織は服務の宣誓をやらなければ入れません。服務の宣誓はこういう一文があるのです。「ことにおいては危険を顧みず、もって職務に邁進し国民の負託にこたえるものとする。」平たく言えば国家に命を預けなければ自衛官になれないのです。私は一度国家に忠誠を誓った人間であります。今から政治の道の一歩目を歩き出します。但し私は忠誠を誓った人間として今、この場をお借りして皆さまにもお誓い申し上げます。自民党から防衛議員として出さしていただき、皆さまのお力をお借りしますが、私は徹頭徹尾、日本国の国益のために頑張って行くことをお誓い申し上げます。

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2009年12月13日 (日)

「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」集会の模様

「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」集会の模様
  
日時:平成21年12月8日
13時-14時 講演「わが国防論」講師 田母神元空将
14時-15時   同上質疑応答 
                
会場:靖国神社内 靖国会館「田安・玉垣の間」
主催:「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」(以下考える会という)
共催:「主権回復を目指す会」
 
最初に靖国神社に鎮まります250万の英霊に参加者全員が黙祷を捧げた後、講演会が始まりました。

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集会の式次第を説明する「考える会」稲葉・副代表

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挨拶をする「考える会」宮内・代表

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「危険人物といわれるが、私はいい人です」で田母神講演が始まる。

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田母神氏の講演が始まり、真面目な国防論であったが、時々入るギャグに笑いがこぼれる。

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参加者120名の中には若い女性も多く、講師も熱が入る。

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防衛問題にも詳しい女性からの質問も厳しい。

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もう一人の危険人物「主権回復を目指す会」の西村修平氏が締め括りの質問を発する。

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田母神講演会終了後、会員が居残って討論。
    15時より二次会。
        18時より三次会。
  

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2009年8月12日 (水)

広島市長とのバトルをやっておられる被爆者家族の方からのメールです。

今わたしは、秋葉市長とバトルをし始めています。どうぞその経緯をご覧頂ければとおもいます。

1:秋葉市長にメールしたもの:  8月3日
私の家族は被爆者 および 2世です。
主人の両親 兄は 被爆後 原爆症と認定され、いずれも癌でなくなりました。
主人は2世として、23年4月8日 原爆の被害がまだ 濃く残る広島市内、広島駅の近隣で出生しています。
主人を含めて、被爆遺族の誰と誰に 秋葉市長が聞いて、広島の声として、田母神さんの講演会を阻止されたのかが、まず聞いてみたいと思います。
私どもには 何のお問い合わせもありませんでした。  被爆者や遺族の悲しみを増す恐れがある」というのが「広島市の立場」とのことですが、どのような根拠でこのような論理を展開されているのでしょうか。ある特定の思想にとりつかれている被爆者の方々の声だけを代弁しておられるとしか考えられません。
また広島県原爆被害者団体協議会など7団体に はたして被爆者および 遺族の何%が加入し、そのうちの何%にこのたびのことに対する意見を求めて発表しているのか、それも疑問です。自分の地位と権力を利用して、ある特定の団体や個人を攻撃したり、また逆に応援したりすることが、市長の立場でしていいはずはありません。
プリンスホテルの日教組阻止と同じではありませんか。何事にも公平に接し、誰の意見でも 一応は わけ隔てなく聞くということが、市長としての務めだと思います。8月6日の田母神さんの公講演会もできれば、是非聞いていただきたいです。直接聞いてから、判断されたらいかがですか。今、これだけ世間を沸騰させている国防問題に関して、誰がどういったから 反対だ、とか広島市民がこう言っている、とか ごまかし すりかえをせず、自分の耳で聞いて、自分の頭で考え、自分の意見としてまとめ、自分の名前で 人の名称を冠につけず、公表されるべきだとおもいます。広島の心という 隠れ蓑に忍び込まず 正々堂々と自分でおっしゃられればいいでしょう。

2; 秋葉の部下から返答がきましたので、またその返答をしました。『 』内は先方の引用
秋葉市長様:
8月5日付けの私へのお手紙について、ご返答をさせていただきます。
御手紙の部分部分で 再質問等をしています。

『○○ ○○ 様:広島市市民局国際平和推進部 平和推進課長 △△ △△

拝啓

1)いただいた電子メールは市長も拝読しておりますが、公務多忙のため直接御返事を差し上げることができないため、当課よりお返事をお送りします。』

秋葉市長に本当に私の意思が伝えられていますか。それとも、この返答は △△ △△さん個人のご意見でしょうか。それによって、全く意味が異なります。公務がいそがしいのなら、読まれてもいないのではありませんか。読まれたというのも 信じがたいです。この返答を出す前に市長は自分で読まれたのですか。△△さんの意見を聞いても仕方ありませんから。

『2)まず‘被爆遺族の誰にきいて広島の声として、田母神氏の講演会を阻止されたのか’との質問にお答えします。
本市は 市民の皆さんからいただくお意見は全て真摯に受け止めています。そうした中で、60余年前の惨劇を思い起こし、心静かに原爆死没者の霊を慰め世界の恒久平和を祈念し8月6日を過ごしたいという被爆者や遺族の方に配慮することに異を唱える意見は寡聞にしておりません。』

遺族は心静かにこの日をすごし、その過ごし方はイベント化した市の行事とは趣を異にしております。大がかりな市のイベントにおぞましい感情を持ってはいても、それを声高に異を唱えるような積極的な遺族は 普通おりません。それに本当の被爆者は 体を壊していますので、あの炎天下の行事に体力がもちません。ほとんどの人は自宅で過ごしていますし、平和公園にお参りするとしても、あの大々的なイベントが始まるずっと前に、早朝にひそやかにおまいりしています。私どもの両親も被爆者でありますが 生前 一度もあのイベントに参列したことはありません。反面、ある特定の思想をもった平和団体と称する組織的な活動家が この日に日本中から、また世界中から 広島の地に集結し 己の思想を声高に表現しているのをみるにつけ、本当に迷惑なことだと 被爆者はかんがえています。イベントの様子をテレビを見ている市民 県民も、なにか他人事のような隔たった感覚をもっているのではないでしょうか。親兄弟を焼き殺された遺族が堂々とその様子を発言することすら、違和感を持ちます。あのイベントこそ、心静かに原爆死没者の魂を慰める という大義名分を振りかざした、はなはだ迷惑な存在になりつつあるのではありませんか。私たち遺族が 実際誰一人 あれをまじめに見ていませんから。

『3)a;次に‘自分の地位等を利用して特定の団体等への攻撃をすること’というご質問についてお答えします。』

昨日 メールでお送りした ネット上の文章を再送付いたします。私たちの疑問にズバリとこたえてくれています:
市長は、理由を明確にせずに言うことを聞かせるために、いくつかのテクニックを用いています。
そもそも被爆者や遺族、広島市民が皆、田母神氏の意見を知っていて、そろって反対しているという暗黙の想定は現実離れしていて、本当とは思えません。日本会議広島の会員に被爆者がいないかのような決めつけも根拠がありません。彼らもまた広島の人達です。この要請文は、現実離れした想定に基づいて、ありもしない一枚岩の世界をつくりあげ、「祈りに包まれる」という詩的な表現を用いて、あたかも講演者一人だけがそれを乱しているかのように思い込ませ、相手を操ろうとしています。 (このテクニックは後にまたでてきますから覚えておいてください)

また被爆者や遺族をことさらに持ち出すのは、一般に弱者と見なされる人達と対立しているように思わせることで罪悪感を持たせることが目的だと思います。これもよく使われるテクニックです。

そして最後に「広島における8月6日の意味は表現の自由と同様に重要なものと考えています」と言っています。これは8月6日に講演させないという、市側の静かな覚悟が感じられますが、憲法に明記された「表現の自由と同様に重要」とまで言いながら、講演をしてはならない明確な理由が書かれていないので、強い威圧感だけが残ります。実際主催者は、市の外郭団体にチラシの配布を断わられたと言っていますから、既にあちこちに手が回っているのでしょう。

そういう手紙が、「広島市の立場」と明記された公文書で送られてくる訳ですから、受け取った人は、全広島市民を敵に回し、市の権力に逆らっているような恐怖を感じるでしょう。普通の人なら思いのままに従わされ、こんなニュースになることもなかったでしょう。

常識的に考えれば、原爆の日に慰霊したい人は慰霊すればいいし、祈りたい人は祈ればいい。同様に、講演したい人は講演すればいいし、それを聞きたい人は聞けばいい。講演を聞きたくない人はもちろん聞かなくていい訳です。何をするかは各人が勝手に決めればいいことで、市長が口を出すべきことではないはずです。

市長は本当の要請理由を隠していると思います。理由を隠した要請文というものは恐ろしいものです。

『b;6月29日付けで日本会議広島と田母神氏にお送りしたものは次の通りで、お読みいただければお分かりいただけると存じますが、今回の要請は 表現の自由を尊重することをと前提としたうえで、被爆者や原爆死没者の遺族をはじめとした多くの広島市民の心情に御配慮いただき日程変更をご検討いただけないかとおねがいしたものです。』

また2)の設問に戻ってしまいましたが、多くの広島市民の心情に御配慮 と言われますが、私たちもその多くの市民の一員です。広島市民は100万人以上いますが、その何%が田母神俊雄講演会によって、悲しみを増すといわれるのですか。そんなイベントがあることを、私たちは市長がこんな要請文を出されるまで、知りませんでした。それに、あの田母神さんの言論の自由はどうやって保障されますか?憲法に保障されている権利を、根拠も定かでない論理で一市長が阻めるのですか?それに 市の平和推進部の□□□□さんまで加担しているとは、驚きました。最初に要請を送られる時に、おかしいことをしている可能性を市長に諌められなかったんですか?秋葉市長の意見は、公印を押された時点で 広島市の意志と思いますが、□□さんのような市役所の人が賛成していたら、それが、全広島市民の意思になるんですか?□□さんがこのように言い訳まで代弁されるなんて、なにかやましいことでもあるんですか。権力の行使を 市民の意志だのと 衣を着せかえないでください。もらった方は、たとえそれが丁寧な要請文でも なにがなんだかわからなくなると思います。

4)行政手続法に関して;この点は 今後いろいろ勉強して、追及していきたいと思っています。今回の要請文には 法令上の問題点があるそうです。そうとは知りませんでしたが、サイトできちんと指摘されていました。広島市が主催者だからと言って、それと同じ日に一民間人が講演会をして、お金を払った人だけが静かに聞いていることが どうして行政機関の任務 または所掌事務の範囲に含まれるのか解りません。わたしはメサイヤ合唱団で川岸でレクイエムを歌ったことがありますが、どういう慰霊の仕方をしようと個人の自由だし、この日に慰霊を強制する権利はだれにもありません。一般企業は 普通に仕事をしていますし、流川でも飲み屋さんは営業してますよ。

この要請は公文書によるものです。「(1)何時何処で何を発言するかは自由であり、当然の権利」と言っていることからも分かる通り、法に基づいたものではないので、行政指導ということになります。行政手続法には「行政指導」が次のように定義されています。

行政手続法 第二条
六 行政指導
行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。

第三十五条  行政指導に携わる者は、その相手方に対して、当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなければならない。

広島市から送られてきた要請文には、要請の内容と責任者は書かれていますが、趣旨が明確に示されているとは言えませんから、講演会の主催者は、行政指導の「相手方」として、行政手続法第三十五条に基づき、行政指導の趣旨を市長に確認することができます。

市は、この要請の「行政目的」と、それが「当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲」に含まれる理由について、明確な説明をしなければいけません。市がこれに対して明確な説明ができないならば、行政手続き法に違反している疑いがあります。明確に説明できたとしても、その趣旨が市の「当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲」に入らなければ、やはり行政手続き法に違反しています。

5)最後に:
今回の件を含めて、市が一般の感覚とズレているということで、だから、本当の市民の感性から程遠いところで、このような壮大な市のイベントが繰り返されているのだと思います。たとえ何人有名な外人の外交官や政治家がこの日に広島に訪れようと、わたしたち遺族はなんともありませんよ。まさか市長の手柄だとも思われているのではないでしょうね。市長は個人的には もともと広島出身でもないし、遺族、被爆者でもありませんね。実際わたしたちからみたら、そんなあなたに何がわかる?と問いたいくらいです。親 兄弟を焼き殺された人の気持ちが、わかるわけありませんよね。わかるわけないのに、わかったような振りをして、こんな愚かな言論弾圧をしているようでは、とうてい広島市長として まっとうな市長だとに認めるわけにはいきません。ご自分の平和運動家としての名声に酔いしれられて、平和宣言でも英語でオバマさんのまねをされていましたが、私を含めて広島市民は本当は気恥ずかしくて こそばゆい感じだけがのこったと言っています。小学生の発言も もういい加減にやめられたらいかがですか。あんな子供にそこまで言わせる必要がどこにあるんですか!

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2009年7月 8日 (水)

7月5日の田母神講演会報告

7月5日(日) 田母神俊雄 前航空幕僚長 後援会 IN 埼玉 参加報告記(主催:村山談話の破棄を求める埼玉県民の会)

私はこれまでyoutubeなどの動画で田母神空将の講演会の様子を観てはいたものの、会場に出向いたことはありませんでした。
今回、この講演会が開かれることを知り、参加してみようと思ったのは、「北朝鮮による日本人拉致問題」というテーマのシンポジウムに興味を持ったからです。
日ごろニュースなどで北朝鮮問題に接することがあっても、あまりに情報過多で何が問題なのかということを私自身が捉えきれていませんでした。だからパネリストに拉致被害者家族会事務局長・増元照明氏の名を見つけて、直接生の声を聞いてみたいと思ったのです。まだ拉致問題がマスコミで報道される以前から、人知れず苦しんでこられた方の言葉なら、マスコミの報道の何倍もの重さがあるはずだと思ったからです。
私が一番心に残った言葉は、「拉致された人の人生の意味を与えてほしい」というものでした。北朝鮮に拉致された方々と、今、一応日本で平和な生活を送れている私たちは、本当に紙一重の差だったのかもしれない。拉致された人は、ある日街を歩いていた、海岸でデートしていたなど、今の私たちと同様、「普通の生活」を送っていた方々なのです。それがある日、北朝鮮に拉致されてしまったことで人生が変わってしまったのです。しかも社会人としてはこれからというときに・・・。
また、拉致されてしまった方々のご家族のうち、75歳になるあるお父様は、ご自分の生活資金である年金から、拉致されたお子さんの分の国民年金を払い続け、郵便局や銀行に行くたびに、残高に変化がないかというのを確認するのが習慣になっているのだそうです。 おそらく私が郵便局員や銀行員として窓口に勤務しているなら、「何であの方は、いつも息子さんの貯金残高ばかり気にしているのだろう、もしかしたら息子さんのお金を狙っているのかも」などと怪しんでいたかもしれません。
それぐらい私は「目の見えない」人間なのだと痛感させられました。
 また「拉致された方々を奪還する」ことも大切ですが、拉致された方々のことを果たして今の状態で、「温かく」迎えることが、私たちに出来るのかと思いました。
 そして、現在の日本の防衛体制では、今こうして文章を書いている私だって、いつ何時拉致されてしまうか分からず、もし自分の周囲が拉致されてしまったのではと思っても、国として北朝鮮に交渉することが難しいこと、北朝鮮は日本のそうした防衛体制を知っているから、工作員を送る際、韓国には優秀な者を送るのに対して、日本には特にそうではない者を派遣しているとのことです。それだけ今の日本の防衛体制は、周辺諸国から甘く見られているという現状をまず知らなければならないと思いました。
 我々の軍事アレルギーが少しでも良くなり、国家の防衛に対して冷静に語れるようになれば、政治も変わるだろうし、外交折衝に当たる人たちの意識も変化し、機密費を必要なところに使用し、的確な情報を得ることが出来るし、周辺諸国からも「日本は、これまで時間こそかかったけれど、拉致被害者を取り戻せるほどの防衛体制を整えているぞ」と見直される日が来るかもしれない、とのことです。
それこそが、拉致被害者の方々に対する「時を奪ってしまったお詫び」が出来るときでもあるはずだ、ということでした。
 かつて武藤章中将が「長年月にわたり軍部が大東亜戦を計画し、じりじりと国民を金縛りにし、敗戦の運命に駆り立てたという。軍部にそれほどの傑物がいて、一定の方針の下に指導したならあれほどの馬鹿な戦争もやりもしなかっただろう。近代日本の悲劇は、政治、統帥の貧困の結果だ。政治の善悪は国民の光の反照だ。」(「巣鴨日記」1948(昭和23)年11月8日条
 『比島から巣鴨へ』所収 実業之日本社 1952(昭和27)年)と書いていました。「時代の空気」こそ変われども、我々は防衛問題を苦手としているということを認め、冷静に歴史を紐解きながら、現代の日本をもっと良くしていく「空気」をつくれたらいいと思いました。拉致された方々が無事帰還され、日本で失った時を取り戻せるように。
今回の講演会は、田母神空将の講演だけではなく、シンポジウム形式だったので、より複眼的に国防について知ることができたのが有益でした。

☆空将閣下ギャグシリーズ☆
・「危険人物の田母神です」
・「マスコミで叩かれまくって、背が低くなってしまいました」
・「三度目の正直でクビにしていただきました」
・「私もいつか(クビになることが)あるかもしれないと、頭の体操をしていましたが」
・「私とあって5分も話していただければ・・・」のあと、麻生総理について、「百里基地での航空観閲式の時に2時間程私と話しているのだから、『田母神っていいやつ』と思ってもらえたはずなんですけれど、私をクビにしました」
・「超えてはいけない一線を超えた」と石破さんはいったけれど、私は高校生のころ指導を受けました。
・「公務を離れて思うのは、気を使わなくてよくなったことで、背が少し伸びたかなということです」
※2ちゃんねる@「戦争国防版」 
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/war/1244561845/l50
の書き込みされた方、見事に採用されました。洞察力に敬服いたします。
☆三輪和雄氏について
・どうやら花粉症は治られたようで、何よりです。
・紙(だいたいが新聞紙など)をはじく仕草を間近で見られ、迫力がありました。
・『ハトポッポ妄言録』として「日本列島は日本人だけのものではない」という言葉を紹介され、「それならば、音羽御殿は鳩山さんだけのものではない、ということにもなりますから、田母神先生を囲んでバーベキューパーティをやりましょう!」とのこと(面白そうなので参加したいです)。

以上、不十分ながらご報告いたします。

天奉院章姫

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2009年4月22日 (水)

会報第1号

当会事務局よりのお知らせ

会員の皆様に「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」会報第1号を電子メールにてお送り致します。内容は下記の通りです。

  1. 田母神論文肯定論・・・陸軍士官学校52期・田中賢一
  2. 田母神論文批判  ・・・陸軍士官学校59期・村上栄一
  3. 事案紹介
    • 五百旗頭罷免運動について
    • 浜田防衛相告発について
  4. 講演会関連
    • 田母神俊雄前空幕長解任の不法性・・・ 諸橋茂一
    • タモちゃんへの激励文
    • 講演会入場券進呈について

以上です。まだ会員登録をお済みでない方々には、ご入会をお勧めいたします。

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2009年4月 2日 (木)

7月講演会予定

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◎日時:2009年7月1日(水)18:00~19:00

○場所:オークラフロンティアホテルつくば
 住所:茨城県つくば市吾妻1-1364-1
 交通:つくばエキスプレス つくば駅より徒歩3分

○参加費:入場無料

○定員:160名

問い合わせ先:090-3470-4225(担当:持丸)
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◎日時:7月3日(金)午後7時開演(6時30分開場)

○場所:福岡朝日ビル B1階
    福岡市博多区博多駅前2-1-1

○演題:田母神塾『語られなかった日本国の歴史』    

○主催:株式会社夢大

○会費:前売 3,000円(税込) 当日 3,500円(税込)

○その他:定員200名
http://www.yumetairiku.co.jp/event/tamogami090703/

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◎日時:7月4日午後2時

○場所:小野市伝統産業会館

○会費:1000円

FAX;0794-63-7625
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◎日時 平成21年7月5日(日)14:00~16:40

○場所 埼玉会館小ホール(JR浦和駅西口徒歩7分)

○主催 「村山談話の破棄を求める埼玉県の会」

○演題 第1部「日本は侵略国家ではない!」
    講演者 田母神俊雄 前航空幕僚長

   第2部シンポジウム
    「田母神論文と拉致問題」
     パネリスト 田母神俊雄 前航空幕僚長
           増元照明  拉致被害者家族会事務局長
           岡重夫   埼玉県議(防衛大OB)
           三輪和雄  日本世論の会会長

○会場分担金 千円

連絡先TEL 070-5585-5646
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○「日本再興 西村眞悟 夏の集い」

◎日時:2009年7月12日(日)14:00~16:00(受付開始 18:30)

○場所:泉ヶ丘ビッグ・アイ 国際障害者交流センター
 住所:大阪府堺市南区茶山台1-8-1
 交通:泉北高速鉄道「泉ヶ丘駅」下車徒歩1分

○参加費:入場無料

○定員:1500名

問い合わせ先:http://www.n-shingo.com/
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◎日時:7月13日(月)午後6時半開演(6時開場)

○場所:杉並公会堂 大ホール
         荻窪駅北口より徒歩5分

○演題:第1部『国思う故にわれあり』
     上智大学名誉教授 渡部昇一氏
    第2部『日本は「侵略国家」ではない!』
     前航空幕僚長 田母神俊雄氏

○主催:真に誇りある日本をつくる会
    TEL 03-3393-2587

○会費:1000円 (全席自由) 

○その他:後援 「東京裁判」を糺す会、田母神論文を応援する会、正しい日本史を勉強する会

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◎日時:2009年7月20日(月)14:50~16:30

○会場:栃木県護国神社 護田会館
 住所:栃木県宇都宮市陽西町1-37
 交通:JR宇都宮駅から3.9km(車で約12分)

○参加費:1,000円

○主催:日本文化チャンネル桜二千人委員会栃木支部

問い合わせ先:chsakura-tochigi@eco.ocn.ne.jp
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◎日時:7月25日(土)14:00~16:30(開場13:30)

○場所:サンポートホール高松 第2小ホール
(香川県高松市サンポート2-1 高松シンボルタワー内)

○会費:1,000円

○主催:田母神俊雄講演会実行委員会

連絡先:087-868-9231
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◎日時:7月26日(日)10:00~12:00

○場所:高知会館(高知県高知市本町5-6-42)

○会費:1000円

○主催:高知県神社庁

○演題:「日本人よ誇りを持て」-日本は侵略国家ではない-

連絡先:088-823-4304
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※以上、7月の予定ですが、あくまでもインターネット等
の情報ですので、細部はご確認をお願いいたします。
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